LOVER SOUL





まっすぐに胸の中に飛び込んできた彼女は
誰にも聞こえないような声でそっと呟いた。

「怖かった・・・」

「迎えに来たよ。」

そう、答えた。


新潟は雪模様だった。
群青の冬の海に雪が舞い落ちる。
フェリーやタンカーに混じってロシア船籍の船も見える。
この海の向こうは大陸なのだ。

「・・・何考えてんの?」

後ろから呼びかけられた。
白無垢を脱いで化粧も落とした彼女がいた。
それには答えず、視線を海に戻す。
彼女は隣にやってきた。

海を見ていた。
二人とも。

このまま、二人でどこかに消えてしまおうか。
学校も、家族も、友人たちも、みんな捨てて二人きりで―――

冬の海の色は濃い。
深くて、暗くて、雪の白さなど問題なく呑み込んでいく。
積もることもできずただ波間に吸い込まれていく雪。
じっとしていると足元から忍び寄る冷気。
それでも立ち去ることができず、ただ見つめていた。
何もかも呑み尽くしてしまいそうな海を、ただ見つめていた。
なぜだろう。
魅入られたように、動けない。
日常からふと離れたこんな時と場所で
ひょっとしたら歩めるかもしれない別の人生の入り口があるような気がする。
いつも思い描く未来とはまったく別の
まったく違う道がここから続いている気がして―――

「もう、帰ろう。」

そういったのは彼女だった。

「そうだな・・・。」

凍える冬の空。
薄色の雲は輪郭さえつかめない。

差し出された彼女の手は思いのほかあたたかい。
やわらかで、小さくて、華奢な指先が
かじかんだ手をつつむ。

この手は、離してはいけない。

まよい、ためらい、一つずつ選択肢を消しながら、
そうやって歩いていく。


「帰ろう・・・東京へ。」
「ウン。」


「春海・・・」
「・・・ん?」
「・・・迎えにきてくれて、ありがとね・・・」






―――迎えに来たのは、おまえのほうかもしれないな―――






雪も溶かしそうな笑みを浮かべて
春海はいるかにダッフルコートのフードをかぶせた。



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