さちえさま作秋の陽(ずいぶん日が短くなったな…) ついこの間まではこの時間でも明るく、子供たちが外遊びする声が響いていた。 しかし晩秋の夕暮れにそれらの声はない。 雑務を終え帰路についていた春海は、少し疲れたせいもあって 陽の暮れ行く鹿々川の川辺で、ぼんやりとそんなことを思い立ち止まっていた。 「…るうみっ!」突然、背後から声を掛けられた。 聞き慣れた声。 「…いるか。」 意識的にゆっくりと振り返ると 「どうしたんだ?…ああ、買い物か…」 いるかの手には白い袋が下げられている。 「うん。おばちゃんに頼まれて。春海こそどうしたの?ぼんやり川なんか眺めちゃって。」 そう言いながら、春海の隣に並ぶ。 「…夏が終わったらあっというまに朝晩冷えるな、と思って。」 「…春海ってば。じじくさい…」 あきれたように言ういるかに言い返すこともせず、再び鹿々川に目をやった。 「…夕陽、キレイだね。」 赤々とした沈み行く陽の色を写して、いるかの明るい髪はさらに輝きを増す。 「ああ…きれいだな。…さあ、帰ろう。」 歩みだそうとした春海に、おずおずといるかが言う。 「…も少し、見てようよ」 春海は振り返り、軽く笑うと 「いいよ。」 と言った。 (倉鹿にきてもう七ヶ月かぁ。) あっと言う間だった。 最初は、東京に帰りたくて、どんなことをすれば返されるだろうって、そんなことばかり考えてた。 それが鹿鳴会会長になったり初めてスポーツに打ち込んだりで、「帰りたい」なんてちっとも思わなくなってた。 それになにより、かけがえのない友達がたくさん出来た。 …友達… みんなみんな大好きだけど、今、隣にいる春海はみんなとはちょっと違う気がする。 春海は優しい。 サッカー部の時だって、結局、陰で一番力になってくれてた。 でも、進だって、一馬だって、兵衛だって、すごく優しい。 だけど春海の優しさは…そう、この夕陽のように、あたしの心を穏やかにしてくれる。 「帰る場所はここだよ」って安心させてくれる。 安心するんだけど… 最近のあたしは、変だ。 いつもは平気なのに、春海が笑うと、心臓が『バクバク』してくる。 それは収まるどころか、日を追って増えてくる。 でも、けしてイヤではないんだよね。 だって、『バクバク』が増えるということは、あたしの隣に春海がいる時間が増えるって事だから。 何で隣にいたいんだろう? …答えは見つからない。 今まで生きてきた中で、持ったことのない感情だから。 まあ、いいや。難しく考えるのは苦手だ。今も心臓は『バクバク』してる。 夕暮れでよかった。 きっとあたしの顔は夕陽に照らされ赤くなってるだろう。 本当はあたし自身が赤くなってるって、悟られずにすむ。 いるかの頬は、よく見なければ分からないほど淡く、桜色だった。 (いるかが倉鹿に来て七ヶ月か…) あっという間だった。 最初は学院長の孫娘と聞いて、どんなお嬢さんが来るのかと思ったら 実際は無茶ばかりするしどこにそんな力が潜んでるんだ?と思うほど、小柄な子だった。 でも、まっすぐで、バラバラになったサッカー部を、とうとうまとめあげた。 良くも悪くもこんなヤツに、今まで出会ったことがなかった。 どんな時でも自分を崩さない自信のあった俺が、こうもあっさりと翻弄されるとは。 でも、けしてイヤではない。 むしろ、心地いいとまで感じる。 それだけ、二人の距離が縮まるということだから。 どうしてもっと、近づきたいと思うんだ? …答えはとうに出ていた。 今まで生きてきた中で、初めて持ち合わせた感情。 恋と呼ぶには、あまりにも初々しい感情だった。 そっと見たいるかは夕陽に照らされ、オレンジ色に染まっていた。 その中で頬だけが桜色に見えたのは、俺の自惚れだろうか? 川辺に座って夕陽を見ていた二人に、晩秋の寒さが忍び寄る。 「帰ろう…」 先に立った春海が、手を差し出す。 遠慮がちにその手をとり、立ち上がったいるかは、照れたように微笑む。 いつもの帰り道より少しだけ歩調をゆるめた二人を、細く長く伸びた影がついていく。 終わり |