さちえさま作 |
Bitter Sweet |
昼休みの教室で、珍しく難しい顔をして本をめくるいるかを 一子と桂は遠巻きに眺めていた。 「ねぇ…いるかちゃん、何で雑誌読むのに、あんな真剣なわけ?」 「さぁ…」 友人たちが首を傾げるのも無理はない。 いるかの前に広がるのは、大嫌いな教科書でも問題集でもなく どこにでもあるファッション誌なのだから。 「どうかしたの?」 ポンッと肩を叩かれ、一子が振り向くと、晶がたっていた。 「…いるかちゃん?」 彼女たちの視線の先にいる、いるかを晶も見やった。 「なんかすっごく真剣だから、じゃましちゃ悪いかと思って。」 桂が晶に囁く。 「…ふぅん…」と少しの間、見ていたが、すたすたといるかの方へ歩きだした。 「!。晶ぁ…」 一子と桂はあせった。 「い・る・か・ちゃん!」と、いるかの前まで行くと 晶は彼女の顔をのぞきこんだ。 「あっ、晶っ!びっくりしたぁ。」 ようやく顔をあげたいるかが、先ほどまで見ていた雑誌に、晶は目をやる。 「…?これって…」 いるかが見ていたのは、女性用ではなく、男性用のファッション誌だった。 男まさりのいるかとはいえ、服装までも、ボーイッシュではなかった筈だ。 「何かおもしろい特集でもあるの?」と聞くと、 「うぅん…あの、さー…」 なぜだかいるかは、少し赤くなり、小さな声で言った。 「男の子の欲しいモノって、何だろ?」 「え?」 思いもよらない質問に、今度は晶が驚く番だった。 「…なるほどね。山本クンの誕生日プレゼントを考えてたわけ。」 いつのまにか、一子と桂もいるかの傍に来ていた。 「ん〜、何がいいか、ちっとも分かんなくてさぁ…」 『本当に困った。』という様子のいるかに、友人たちは顔を見合わせる。 「今までは、何をあげたの?」と晶が聞くと、 「えーと、去年は春海の欲しがってた、本の原書で、クリスマスには時計をあげた。」 人差し指をおでこに当て、いるかは少し考えて答えた。 「原書」唖然とした。 そんなモノ欲しがる高校生が、どこにいるのだ。 (さすが、山本春海…)三人は、感嘆とも、あきれとも、なんとも言えぬためいきをついた。 「いっ、今欲しいもの無いの?山本クン。」 気を取り直したように、桂が聞く。 「それが、こないだ聞いてみたら『特にはないよ』って言うんだ」 心底、困ったようにいるかは言った。 彼女たちはしばらく思い思いに考えていたが、 「そーだっ!」 桂が手を叩いた。 「別に、モノじゃなくてもいーんじゃない?たとえば…彼のために、ケーキを焼いたり、料理を作ったりとか。」 いかにも女の子らしい、桂の発想だ。 「ケーキねぇ…」といるかは考え込んだ。 (ケーキなんて作ったこと無いしなぁ。難しいのかなぁ。 そういえば、前チョコ作ったときだって、すごかっ…) そこまで考えたいるかは、急に赤くなった。 「どうしたの?」と鋭い桂がのぞき込む。 「どっどうもしないよっ!」 妙にいきおいよく答えたいるかに、いぶかしげな顔を向ける友人たちを尻目に、(何で急に、キ、キ、キスのことなんておもいだすんだっ。 あたしのバカッ!)とさらに赤い顔をする。 「おかしないるかちゃーん。」 一子が呆れたように言う。 「とっとにかく、手作りはダメ。」といるかが叫ぶ。 「…それなら…」と晶が小さくつぶやく。 「これしかないわね。」 「え?何?何かいいのあるっ?」といるかがかじりつく。 フフッと楽しげに笑うと晶は、一子と桂だけ近寄らせ、耳打ちした。 「えーー!でもー!」 「きゃーっ!」と友人二人は歓声をあげている。 「内緒話なんてするなよっ!」 いるかは鼻白む。 笑う三人の中で、一子が、 「いるかちゃん、すっごくいいプレゼントおもいついたんだけど。」と近づく。 「ホントに?」 疑わしげに、いるかが問う。 「何?」 「それはねー…」三人が顔を見合わせ、 「それは…いるかちゃん♪」 「へっ?」 唖然となるいるかをほったらかし、「考えてみれば、山本君て、 いるかちゃん以外にすごく欲しいモノなんて無いんじゃない?」 「そうよねぇ、いるかちゃんさえ居ればいいって感じ。」 「『あたしがプレゼント』なんて言ったらあの冷静沈着な山本クンが、どんなリアクションするか楽しみよね。」 一子、桂、晶、好き勝手言っている。 ポカーンと口を開けていたいるかだが 三人の会話を聞いてるうちに、握った手がプルプルふるえだした。 「お、おまえらぁーっ」 これ以上無いと言うぐらい、真っ赤な顔をしたいるかが叫ぶ。 「おもしろがってるだろーっ!」 「何、騒いでるんだよっ!また、お前はっ。」 「はっ春海!」 いつの間にやら、いるかの後ろには春海がたっていた。 意味有りげにほほえむ三人に「?」と視線を投げかけながら。 「今日は役員会議だからな。忘れるなよ。」と春海が言った。 「わっ、分かってるよ!」 (ったく、一子達め、人をからかってぇ!春海の顔、まともにみれないじゃん。 …それにしても、プレゼント、ほんとどうしよう…)ハァッーと、ためいきをついた。
◆◆◆
結局、桂の意見を聞いて、いるかは生まれて初めてケーキを焼いた。 中学時代とはちがい、少しは母を手伝い台所にたっていたので 見た目はともかく、思いのほかおいしくできた。 甘さを控えたビターなチョコレートケーキも『味見』をしたいるかには 甘く甘く感じられた。 終わり |
その一年前のことである。 |
パパにおねだり☆ |
「と、と、とーちゃんっ!」 帰宅し、ネクタイを緩めていた鉄之介の部屋に、一人娘のいるかが入ってきた。 「あー、いるか、ただいま。…お前、熱あるんじゃないか?顔が赤いぞ。」 おでこに手を当てようとした鉄之介を制しているかが言った。 「と、とーちゃんに頼みがあるんだけど…」 明らかに様子のおかしい娘を、鉄之介は少しみていたが、 「あぁ。」と言うと、クルッと背を向けた。 「小遣いの前借りなら、母さんに頼むんだな。」 「ちっ、違うよ!そういうんじゃなくて…その…」 言葉の最後の方は、聞き取れないほど小さく、 ギュウッと両手はスカートを握りしめている。 「欲しい…本があるんだけど…」 上目使いで、様子を伺ういるかに、 「ほん?おまえがかい!?…珍しいこともあるもんだな。 しかし、本なら母さんだって、喜んで買ってくれるだろう?」 解らないといった風に、顎に手を当てる鉄之介。 「それが…いろいろ本屋回ったんだけど無いし、 取り寄せすると、外国の本だからかなり、高くなるんだよね…」 「外国の本っ!お前がっ!? 日本語ですらまともに読み書き出来ないのに?」 鉄之介は、驚きっぱなしだ。 「余計な事言うなよっ!頼まれてくれるの?くれないのっ!?」 いるかは今にも、つかみみかからんばかりの勢いだ。 「分かった、分かった。じゃあ、外務省の同僚に頼んでみるから。」 ホッとしたようないるかから、詳細の書いたメモを受け取りながら、 鉄之介は考えていた。 (しかし…なんだって、いきなりこんな難しい本なんか…) その日の夜更け、鉄之介は自身の書斎で葛藤中だった。 先ほどいるかから頼まれたメモを見ながら。 葵から聞いたのだ。 その本の本当の行く先を。 「娘が彼氏にやるプレゼントを、私が用意するなんて…」 鉄之介の夜はまだまだ長いようだ。 おわり |