FUTARI 「如月いるか! 芹沢かもめ! 待たんか!!」 教師の叫び声が背中で聞こえた。 でも、当の二人の姿はもうなかった。電光石火のごとく、塀の向こうへ消えていた。 「土方か…」 諦め顔の教師と目があった。 「悪いがあの二人を見たら、後で職員室に来るように言ってもらえないか」 「わかりました。伝えておきます。 けど… 昨日の喧嘩のことなら僕も聞いていますが、あの二人は…」 教師は、ため息まじりに、 「わかっている、相手が先に手を出すか、何か悪さをしたんだろう? あまり素行の善く無さそうな生徒達のようだったし、それに男子高生だしな… しかし、怪我をさせるのはよくないだろう…」 理由を言ってくれたら、助けてやれるのに… 心底困った顔で、『じゃ、頼んだぞ』と告げて校舎の中に消えた。 「かもめちゃん、いるかちゃん。そこにいるんでしょ? 先生、もう行っちゃったよ」 塀の向こうに声をかけた。 こういう場合、あの二人なら塀の向こうで隠れているだろうことは予想された。 案の定、塀の上から二人が顔を出した。 「ごめ〜ん、タクマ」 へっへっへと、同じ顔の幼馴染み達は罰の悪そうな笑みを浮かべ、ひらりと、難無く 着地した。 相手の高校生はかなりの重症だったと聞くが、この二人には目立った外傷はなかった。 「ちゃんと先生に話せば良いのに…、 昨日の喧嘩って、虐められているのを助けただけなんでしょ?」 事の顛末は、高校生の男子五人が一人の男子生徒をリンチしていた。 そこに居合わせ、助けに入った。 並外れた運動神経の二人の為、ついやり過ぎただけのこと… 威勢がよく、男嫌いの性格は昔のまま、馬鹿にされたりするのが大嫌いの性格は、年々 度を増してきていた。(身長のこと、成績のことなど) 「そりゃ、そうなんだけど」 「言ったらまた違う意味で叱られそうだし」 「もう条件反射で逃げちゃった」 最後の言葉は二人同時に言った。 そっくりな顔で、双児のように息もぴったりの二人。 「また、おばさん達にバレると、すごく怒られちゃうよ」 「もう、わかってるよ、タクマってば…」 「でも、あんな場合って放っとけないじゃない」 少し頬を膨らし、拗ねたように言う。 「二人の言ってることは、わかるよ。 でも、先生が心配していることも良くわかるんだ。 僕も二人に怪我とかしてほしくないし」 「怪我なんてしないよ」 「そうだよ、あんな奴ら、私一人でも全然平気だもん」 なにおー、あんた一人じゃ危なかったじゃん! もう少しで殴られかけてたよ! 私が助けてあげたでしょ!」 「そんなことない! 私も助けたじゃん」 「二人とも、わかったから、もう止めなよ。 でも、先生のところにはちゃんと行くんだよ。僕、日直の仕事があるから、もう行く ね」 二人はしぶしぶ頷いて、『わかったよ』とだけ言った。 「いるか、私ね、男の子って、やっぱり嫌い! 偉そうなんだもん。 自分を何様だと思っているのかな」 『もちろん、タクマはそんなのと違うけど』 その日の帰り道、かもめは空を見ながら言った。 「うん、私も……」 いるかは下を向いて、少し自信な気に言葉を探しているようだった。 そして、 「でも、そんなのばっかりじゃなかった気がする… タクマとは違うけど、いい奴いた気がするんだ」 幼い時は二人の意見は一致していた。 今でも、自分達の勝負事意外では、二人の意見が別れることはほとんどない、しかし、 ある時から、いるかの中で何かが変わっていた。 「なんだよ、いるかってば! 男の子嫌いだって言っていたくせに!」 「嫌いだよ! ただ…」 「なんだ、はっきりしろよ」 「かもめちゃん! もう止めなよ」 「タクマは黙ってろ! これは、私といるかの問題なんだ!」 「だって、よく覚えていないんだ。ただ、私に水泳教えてくれた奴、いたんだ…」 いるかは小学校の低学年まで、水泳が全く出来なかった。 でも、ある夏休みを境に、彼女の水泳の成績はぐんぐんあがり、今では、海にいる 『いるか』のようにしなやかに泳ぐことが出来た。 確か、その夏の終わりにもそのようなことを言っていた。父方の祖父の家から帰って きてからだったか… 「すごい! いるかちゃん、泳げなかったはずなのに…」 「ずるいよ! 内緒でスイミング行ったんでしょう!」 夏休みがあけ最初の水泳の時間、いるかは始めて25mを泳ぎ切った。 クラス中が驚きの声をあげた。 『宿命のライバル』を名のるかもめは、これ以上ない程悔しがった。 得意満面のいるかが、こっそり、 「おじいちゃんの家に行った時に、水泳の上手な子がいて教えてもらったんだ。 もう、誰にも負けないよ。 でも、教えてもらったのはかもめには内緒ね」 確かそう言っていた。 「なんだよ。それ! 聞いてないよ」 「もう、ずっと昔で、顔もよく覚えて無いけど、いい奴だった気がする」 いるからしからぬ落ち着いた声、遠くを見つめる大きな瞳。 最近、男子の間で彼女達の話が出ることがあった。 大きな鳶色の瞳、やわらかく明るい髪色、明るくて活発な性格。 『乱暴』と言えなくはないが、それでも、思春期を迎えつつある者達にとって彼女達 の存在は大きかった。 「でも、そいつだけだよ! 他の奴は嫌い! 得に昨日の奴らとか! 私らが止めろって言ったら、『チビが』って殴り掛かってき て!で、挙げ句の果てに先生に言い付けてさ」 いるかは、懐かしい思いを振払うように言い、駆け出した。 かもめと僕は、慌てて彼女を追いかけた。 走りながら僕は、いつかいるかがいなくなってしまうような気がした。 この二人が、二人でなくなる。そんな予感。 いるかの転校の話を聞いたのは数カ月後のことだった。 |
青い空さま第二作です〜! 琢磨くんから見たいるかちゃんとかもめちゃん。 幼馴染って、なんだかいいですよね。 このころになるとさすがに琢磨君も守られてばかりってわけでもなくなっていて さりげなく二人をフォローしてあげようとしているあたり、 やっぱり男の子なんだなぁという数年後のかもめちゃんのせりふが生きていると思います。 なんでも一緒でまるで二人でひとつのようだったいるかちゃんとかもめちゃん。 けれどいつまでも一緒ではいられなくて いつか、二人が一人と一人になる、そんな予感。 賢い琢磨くんはそんなものを感じ取っていたのでしょうか。 背景は子猫のように飼いならされないやんちゃな二人と いるかちゃんの心の隅に残っているあの夏の青空をイメージしてみました。 ハンドルの「青い空」もイメージして♪ 青い空さん素敵なお話をありがとうございました♪ 水無瀬拝
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