青い空さま作





* ・ * ・ *メリークリスマス* ・ * ・ *





「おはよう。いるか? 今日は出かけるんでしょう?」
母は朝食の用意をしながら、少し、含みのある笑顔をむける。

「おはよう。
うん、出かける。みんなで食べに行くから、夕食はいらないや」

「っえ、みんなって…、今日はクリスマスイブよ。
春海くんと出かけるんじゃないの? 今日の為に…」

「は、春海も一緒だよ。もちろん!
かあちゃんまで、みんなと同じようなこと言わないでよ!」
顔が赤くなるのが自分でもわかった。

「だってね〜 クリスマスって言えば、普通は恋人と過ごすものじゃない…
見合いの相手が、中学の頃からつきあっていた彼氏で、晴れて親公認の仲になったっ
ていうのに、何が悲しくって友達とパーティーなのよ…
まあね、相手があんたじゃ、春海くんもそんな気にならないかもしれないけど…」

「かーちゃん! 早く御飯にしてよ!」

まだ、何かぶつぶつと言う母を無視して、急いで朝食を済ませ、学校に向かう。



数日前、友人達の間で、クリスマスパーティーの計画が持ち上がっていたのを知った。
はじめ春海と私はメンバーに含まれていなかった。
それを知った時、ちょっとショックで、思わず参加を希望してしまった。


後から考えた時には、もう遅かった。

春海は、いつもの調子で私の誘いに乗ってくれて、友人達はどこかぎこちなく私達を
歓迎してくれた。

みんなで楽しくするのも、春海と一緒にいるのも、私にとってはどちらも同じぐらい
大事なことで…

それは、春海とお見合いした後も変わっていなかった。

『こんなんじゃダメなのかな?』

ここ数日持ち続けた疑問は解けることなく心にある。




放課後を待ち、全員一度家に帰り、店で集合。


参加を表明した時に聞いた、今日の計画。
何も変更がないということで、その通りに行動をする。


「いるか、今日の集合は6時で良かったよな」
帰り際に春海が確認をするように声をかけてきた。

「あっ、うん、遅れちゃダメだよ」

「おまえじゃ、あるまいし…
それまで、何か予定あるか? ないなら、店まで一緒に行かないか?」

少し鬱いでいた心は春海の一言で元気を取り戻す。

「予定何もないよ! 全然大丈夫!」

「じゃ、一度家に帰って… おまえの家まで、迎えに行くよ」

駅までの短い距離、他愛もない会話。
そんな毎日が、今の私にとっては何よりも大事なこと…



「ただいま!」
玄関から部屋に直行。
昨日から考えに考えた服を用意する。

でも…、もっと他にいいのなかったかな? おかしくないかな?
髪の毛は? やっぱり、ちょっと考えないとダメ?


「いるか? 帰ってるの? 今日は流石に、台所に直行はしないのね」
いつの間にか母が部屋の入り口に来ていた。

「かあちゃん! あの、この服変じゃない? 髪の毛、ピンでとめた方がいいかな?
春海が迎えに来てくれるから、早く用意しないとダメなのに…」

もうすぐ春海が来るかも… と気持ちが焦るから、髪の毛も上手くまとまらなくて…


「あんたも成長したのね… 貸してごらんなさい」


母親の細い指が髪の上をすべり、好き勝手な方向に向いていた毛先を形よくまとめあ
げる。
「相変わらず、不器用なんだから… 服がそれなら… ピンはこっちの方が合うわね
… 
クリスマスだし、ちょっと光り物っぽくって良い感じかな?
ついでに…」

母は手にしていた小さな袋の中から、コンパクトと淡いピンクのリップを出し、

「このぐらいの色だと、あまり目立たないけど、服にもよく合うわよ」

鏡の中には、少し大人びた自分がいた。

「流石は私よね。
良い出来だわ… ほら! プレゼントの用意は出来てるの?
あんた、なにか作っていたんでしょ?」

「えっ! なんで知ってるんだよ」

隠していたつもりだった。
上手く出来る自信もなかったから…
一子達に言われて、挑戦はしてみたけど、結局上手く行かなくて…
一応、完成はしてる。でも…

「こそこそしていたことぐらいわかるわよ…
すぐに顔に出るんだから… で、なに作ったのよ見せなさいよ」

面白がられている。直感的にそう思ったけど、見せることにした。


「初めてにしてはいいんじゃない? かなり簡単なパターンだし、上手とは言わない
けど、色はいいわね。
春海くんに似合いそう…」

予想外の母の言葉に、少し勇気が湧く。

「何度もやり直したから…」


その時、玄関でチャイムの音がした。
慌ててラッピングしなおそうとすると、母は、玄関に向かって返事をしながら、

「そのまま首にかけちゃってもいいんじゃない?」
と言って、部屋から出て行った。

『そのままか…』
考えなかった訳ではない、ただ、『本当にこれで大丈夫かな…』そればかりが頭にあっ
た。


一応、簡単にラッピングをしなおし、玄関に向かう。
和やかに談笑する、母と春海の姿があった。


「じゃ、春海くん、帰りもお願いね。楽しんでらっしゃい。
あっ、それからいるか。
母さん達もこれから出かけて、…少し遅くなると思うけど、あまり遅くならないよう
にね。気をつけて行って来るのよ」
悪戯っぽい笑顔で、軽くウインクする。


母親に送りだされ、待ち合わせまで少し時間があったのでどこへ行くともなく歩いた。
街は、どこもかしこもクリスマスの装飾を施され、いつもより一層きらびやかな雰囲
気を漂わせていた。
イルミネーションが輝き、どこからともなくクリスマスソングが聞こえてくる。
すれ違う人たちの多くが、誰かを伴い、笑顔が行き交う。
冬の冷たいはずの空気が少し温度をあげたように、暖かい。

「まだ時間があるし、どっか入るか…」

春海のその言葉で、待ち合わせの場所から程近い、喫茶店に入ることにした。

喫茶店の中は、談笑するカップルでにぎわっていた。
各テーブルに置かれたクリスマスの装飾品を、見るともなしに眺める。

今日は間食する暇がなかったので、かなりお腹が空いてきていた。
でも、今のこの雰囲気であまり『がっつく』ことはしたくない…

春海の広げてくれたメニューを見ながら、あれこれ考えていると、髪に指の感触を憶
えた。
あわてて顔をあげると、すぐそこに春海の顔があって、

「今日は少し違うんだな… ちょっと、化粧した?」

「あっ、うん… 少し… かあちゃんが、変かな?」

視線を合わすことが出来ずに、俯き加減に返事をした。

「いや、かわいいよ。すごく…」

聞き違いかと思う言葉に、顔をあげると、メニューを見る春海の顔が心無しか少し赤
い気がした。

「後で食事だし、軽くだけ何か食べるか?」

「あ、うん。実は今日、おやつ食べてないんだよね」

さっきからお腹の虫が騒ぎだしそうで、気が気じゃなかった。
春海の提案に、頭の中は食べ物のことでいっぱいになってしまう。
隣の子が食べているサンドイッチも美味しそうだし、ずっと向こうの子が食べていた、
ピザも美味しそうだった。あっちの子のケーキも…
メニューに視線をもどし、食べたい物を口にする。
春海はウエイトレスを呼び、注文を告げてくれる。



「ねぇ、春海、クリスマスってやっぱり、友達と遊びに行く日じゃないのかな?」

周りには、カップルが多い…
道を行く人たちも、お店の中にいる人たちも、ほとんどが、カップル…

「今日は、みんなと別行動の方がよかったのかな?」
「あまり、関係ないんじゃないか? みんなとでも、二人でも…
俺達はこれからさき、ずっと一緒にいれるけど、友達とは… 
もしかしたら、来年はみんな相手がいて、こんな集まりはなくなるかもしれない…
それなら、今年、楽しめることを楽しむ方が賢明だと思うけど」

「そうだよね… そうなんだよね」

「誰かに何か言われたのか?」

「う…ん、みんなと、かあちゃんに…」

「それでか… 少し、変だと思った」
「え…」


「そろそろ行くか…」
「うん!」

自分の分を払おうとしたけど、春海が今日はいいからとレジに向かう。
春海が会計をすませ、店を出る。

もう、外は真っ暗で、イルミネーションは輝きを増していた。
「帰り、少し遠回りして帰るか…」

「うん! この向こうの通りのイルミネーション、すごく綺麗だって! 見て行こう
よ」
「そうだな…」


* ・ * ・ *

待ち合わせの店に行くと、みんな集まりはじめていた。
予定の時刻を待たず、全員集まり、『乾杯』が行われた。
『何に乾杯か?』という疑問には、晶の『出会いに』が採用された。
どこかの歯車が、少しズレてしまっていたら、もしかしたら、出会えていなかったか
もしれない、そんなことをいいながら…

* ・ * ・ *

「じゃ、今日は解散ということで…」
「また明日も学校よね…」
誰かの、嫌そうな声が響く。

「それじゃ、明日学校で!」

「春海はいるかを送って行くんだろ」

「送り狼になるなよなーーー」

「そんなことしたら、明日、バレバレだって…」

「じゃ、春海に生傷があることに100円!」
「私も!」

「それじゃ、賭けにならないって…」

「人を賭けの対象にするなよな」
「そうだよ! 春海に生傷なんて…」

「……」

「まぁ、そういうことだ。気ぃつけて帰れよな」

* ・ * ・ *


「もう! みんな好きなこと言って!」
「クリスマスだし、生傷は嫌だよな…」
「春海も何言ってんのよ!」

「今日は、ちゃんと送って行こうっと思ってね」
「? いつも送ってくれてるじゃない?」

「…… そうだけど…」


「やっぱり寒いね」

春海の腕に両手で掴まり、体をよせる。
人の多さに、そうしないとはぐれそうだったってのもあるけど、ギュッと掴まえてい
たかった。

「あぁ」
春海は何故か少し驚いた顔をした。

「どうしたの?」
「否、お前がそういうふうにくっついてくるの珍しいと思って…」
「えっ、ダメかな」

そっと体を離そうとしたら…

「ダメじゃない。しっかり、掴まってろ」
引き戻され、また、春海の腕に掴まりなおした。

見上げる春海の表情はわからないけど、くっつくとやっぱり暖かかった。

寒さの中、街路樹に施された電飾は輝きをます。
行き交う人々の顔は、イルミネーションを見上げ輝く。
暗闇の中にあって、光の暖かさを実感する。

通りを抜けると、イルミネーションもなく、人も疎らになった。
そのまま足は、自然に家の方に向かう。
「ねぇ、春海、家よって帰る?」
もう少し、
「いや、…公園の方通って行くか?」
「うん!」


「やっぱりこっちはあまり星は見えないな」
見上げている空は、凛と澄んでいたが、星は疎らで、美しいと言える物ではなかった。

「倉鹿の空にはもっと星あったよね。
昔、東京にずっと住んでいたころは、あまり意識しなかったけど、倉鹿の空を知って
からは、東京の空が寂しいと思うようになちゃった」

「休み中に一度倉鹿に帰るか?」

『帰る』私の故郷は東京のはずなのに、心はその言葉を当たり前のように受け入れる。

「ほんと! みんな元気かな? 私、またスキーとか行きたい」
「冬休みの宿題が終わっていたら、考えてもいい」
「えーー! そんなのずるいよ! 春海のケチ!」
殴るフリに、避けるフリ。

いつからだろう、彼の存在が自然になったのは、出会ったころ、気持ちに気付いたこ
ろは過剰に意識して、殴ったりはり飛ばしたり、痛い思いいっぱいさせた。
今、こんなふうに二人居られるのは、すべて彼のおかげ。


不意を突かれ、春海の胸の中に納まる。
「寒くなって来たな。そろそろ帰らないと」
そう言いながら、二人とも動くことが出来ない。


「いるか、これ… メリークリスマス」
「あっ、私も、…あのこれ…」

結局、ラッピングやり直すことが出来なくて、そのまま軽く包んで、袋の奥の方に入
れていた、『マフラー』を取り出す。

「これ、いるかが?」

「う、うん… 一子たちが、マフラーなら簡単だからって、教えてくれて…
何度もやり直したから、毛糸もこもこになっちゃて…」

「…ありがとう。すごく暖かいよ」
手にとり、そのまま、首にまく。

「ねぇ、春海。これ開けていい?」
春海が、手渡してくれた小さな包み、水色の包装紙に白いリボンがついている。
早く、中身が見たいこともあったけど、もう少し一緒にいる為の口実でもあった。

「あぁ」
春海に荷物を預け、ゆっくりリボンをほどき、包装紙も丁寧に剥がす。
出てきた箱の中には、華奢なフレームのリングが入っていた。


「春海、これ」

「給料3ヶ月分とは言えないけど… 受け取ってもらえるかな?」
「えっ?」

「もちろん、正式にはまだだし、その時にはもっとちゃんとしたものを送るよ。
でも、今はこれが俺の精一杯なんだ…」
「ありがとう」


春海は、リングを箱から出し、そっと、私の左手の薬指にはめる。


「よかった、サイズ丁度いいみたいだな」

「ほんとだ〜 計ったことないのに…」

「えっ、計ったことないのか?」

「なんで、そんなに驚くの?」

「いや、サイズ、お前のお母さんに聞いたんだけど、自信満々に答えていたから…
間違いないとか… 調べてあるのかと思ってたんだ…」

「かあちゃんに? もしかして、この間… いつもは、貸してくれないのに、無理矢
理貸してくれたことがあって… そのときかも…」

「じゃ、お母さんに感謝しないとな」
「うん」

指を空に翳すと、街灯の光を反射して、小さな石が星のように輝く。

「春海、ありがとう… 大事にするね…」






おまけの
* ・ * ・ *クリスマス秘話* ・ * ・ *

彼女の場合

  「いるか? もうすぐクリスマスよね?」

  「山本君に何プレゼントするの? 教えてよ」

  「そ、そんなのいいだろ! 何だって!!」

  「後学の為よ」

  「そうそう! 教えてよ」

  「……まだ決めてない……」

  「えっ、まだって…」

  「ヤバくない?」

  「ちょっと、いろいろ忙しくて…
  考える暇とかなくて… まだ何も決めてない
  春海って何が欲しいんだろ? 
  何でも持ってそうだし、
  本人に聞いてみても、欲しいものは別に無いって言うし…」

  「あらら…」

  「この間、お金使ちゃって、今、あんまりお金ないし…」

  「ちょっと、真剣にヤバいよ」

  「だったら… ねぇ、いるか。
  手編みとかは? マフラーぐらいなら簡単に編めるんじゃない?」

  「それ、いいね。
  太い毛糸使えば、すぐだし、安価だけど、心はこもるよね」

  「そうしなよ! 彼氏の為に手編みの物をプレゼントするなんて、
  いいじゃない! 理想よ!! 一度はやってみたいもの」

  「えっ、でも、私編み物なんてしたことないよ…」

  「大丈夫よ、はじめから終わりまで付き合ってあげる」

  「だから、いろいろ報告はしてね。 後学の為に♪」

  「みんな、ありがとう… でも、遊んでるだろ…」


そして、いるかはその日から、編み棒と毛糸と格闘するのでありました。




彼氏の場合

  「えっ、アルバイト?」

  「そう、どこか良いところ知らないか?」

  「なんでまた? …ごめん、知らないや」

  「そうか、…ありがと」

  「なんだ、春海、バイト探しか?」

  「巧巳… あ、あぁ…」

  「いるかへのクリスマスプレゼントの為ってところかな?」

  「そのつもり、なんだけど… なかなか良いところなくてね」

  「そりゃ、この学校の連中は良いところの坊ちゃん、
  嬢ちゃんばかりだから、そんな奴等に聞いても見つかるわけ
  無いだろ。
  そう言うことは、俺に聞けよ」

  「巧巳… 心あたりあるのか?」

  「あるも何も、お前にはちょうど良い話だぜ。
  俺がよく練習見てる、リトルリーグの生徒の親が家庭教師を探して
  るんだ中学受験の為のね
  そういうの得意だろ?」

  「…得意じゃないけど、詳しく聞かせてくれないか?」

  「OK!」
  

春海の家庭教師なら合格間違いなしだね



クリスマスの近付く中、かわいいお話をいただきました♪
いるかちゃんはどんなマフラーを編んだのか
春海はどんな指輪を選んだのか
想像するとなんだかほほえましいです。

ひそかに娘たちを見守る葵さん、
ナイスアシスト(笑)です。
指輪のサイズってわかりにくいですもんね。
いるかちゃんのサイズっていくつくらいかなぁ?
5号とかでしょうか。
細くて小さくて
爪を伸ばしたり飾ったりすることを知らない指。
何より先にその指先を飾ったのが
左薬指への恋人からの贈り物なんて
素敵だなぁっておもいました。

これからどんな高価なものを持つようになっても
きっと、この指輪は大事にし続けるのでしょうね。
そしていつか彼らが結婚して娘でも生まれたら
これはあなたのお父さんがね、ってお話をするのかもしれない。
なんだかそんなずーっとさきのことまで想像して
ほんわか暖かな気持ちになりました。

青い空さん素敵なお話をありがとうございました♪

水無瀬拝

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