Simple これで終わるんだ!って思った… 涙が止まらなかった… 涙で前が見えなくなって仕舞わぬよう…私は…涙をぬぐった… 彼が…グランドで投球する姿をもう多分…見ることはないだろう… この一瞬を…私の脳裏に焼き付けておこう… 「今日も暑くなりそうだなぁ〜」 「日焼け止め、かなり塗らないとやばいよね〜」 天気予報によると本日の最高予想気温【36度、降水確率、午前午後あわせて0%】 最近毎日そんなものだけど…暑ければ暑いほど応援にも気合が入っちゃうじゃない! 「いるかぁ〜学ランの中に【冷えピタ】でも貼ったらぁ」 「いらない!いらない!暑い時は暑い!夏なんだからさ!」 グランドで戦う春海達…スタンドで応援しか出来ない私… 応援しか出来ないから…せめて精一杯、応援したい!春海の最後の試合だから… 今日は【全国高校野球選手権大会決勝戦】文字通り… 里見学習院は3年連続の全国優勝を目指し、ついにここまで来た。 全国高校球児ナンバーワン投手、山本春海と、 同じくナンバーワン打者、東条巧巳の活躍で里見は、春、夏とも連続優勝してきた。 春海も巧巳も3年生…(もちろん、いるかも3年生) 夏の大会を最後に引退する。 巧巳はプロ希望していて…高校卒業後も野球を続けると断言している。 春海は…プロへは進まず、大学に進学する。 「大学行っても野球続けるんでしょ?」 学校帰り軽い気持ちでいるかが聞いた問に春海は… 「野球は高校で卒業だよ。大学に入ったら勉強もうかうかしてられないしね。」 春海の進路希望は【東京大学 法学部】 大学までエスカレーター式の里見の大学には進まない。彼が何になりたいのか、将来 の希望の 職種はまだいるかには教えてはくれない… 春海が今までグランドで戦う姿は中学の時から見てきた、 倉鹿修学院のユニホームから里見学習院のユニホームへ… これが最後なんてあまり考えてなかった… でも今日は全国大会の決勝戦…勝っても負けてもこれが最後… 私も学ランを着て応援するのもこれで最後だろう… 春海の最後の試合…精一杯応援しよう! 「じゃぁ…里見学習院出発するよー!」 連日の試合のために一般生徒も大阪に宿を取っていた。 里見学習院生徒会副会長 如月いるかの声の元、 里見学習院の生徒達は甲子園のスタンド応援席に向かった。 「いよいよだな」 「だな」 すでに会場入りしていた里見のナイン達…そして、春海と巧巳。 「最後だな」 「お前はまだあるだろ、これからプロとして」 「いや、違う。この最高のチームメイトと…そしてお前、春海と共に戦える最後の試合だ。」 「俺が悔いのない野球が出来たのは巧巳…お前のお陰だ。」 「最高の誉め言葉だよ…今日も絶対勝つよ。俺達には勝利の女神がついているんだか ら!」 「女神…それっているかの事か?」 「そこですぐいるかの名前が出るとはさすが…春海だな、そうだよ。悪いけど…里見 学習院ナインにとっちゃ、如月いるかは誰の物でもない勝利の女神だよ。」 巧巳はさっと手を出した、春海も手を出し2人は握手をした。 「最高の試合にしよう!」 「あぁ」 ウオォォォォォォォォーサイレンが鳴る、試合開始の合図だ。 「これより【全国高校野球選手権大会】決勝戦、東京西区代表里見学習院対愛媛県代表恒星学園の試合を行う。礼」 試合が始まった…私も頑張ろう! 「里見学習院第一応援歌!用意!」 「オオオオオオオオオオオオォォォォォ」 正午を過ぎ、気温は36度を過ぎていた。 里見の高等部の全員生徒700人あまりの応援が始まった。 「スリーアウト!チェンジ!」 試合はすでに始まって2時間あまり立っていた。7回の表、0−0里見の攻撃だ。 相手の恒星学園のピッチャーは1年生ながら注目株と言われている。 春海が1年の時と同じ扱いだ。やっぱり決勝戦、接戦だ… やっぱりこの回でも無得点だった。 7回の裏。 グランドで春海はいつものように最高のピッチングだ。まだ一度も打たれていない。 このまま行くと…完全試合になる。私の知っている限り…(あんまり知らないけど…) 高校野球の決勝戦で完全試合は今までない… ゼッケン1−山本春海。いつも冷静沈着で…試合の流れと状況を考えている。 「頑張って…」 もし私が男だったら…巧巳と同じようにグランドで共に戦いたい! こんなにも自分が女だって言うことが悔しいって試合の度に強く思う。 私も春海と一緒に戦いたい… 春海と最後の試合…共に戦いたい… 悔しいよ… あのね… 不思議なんだぁ…春海に出会ってから男になりたいってよく思うようになったんだぁ… でもそれ以上に女で良かったって思う…どっちなんだろう… 私…野球をしている春海…一生忘れないよ… 「俺、次の回打つから…春海…俺は俺の役割を果たすぜ。」 一度は諦めた、甲子園。お前といるかに出会って再び歩き出した。 春海という、最高のチームメイトを得、野球を続けてきた。 俺はこれからも野球を続けていく。卒業後、プロとしてやっていく。 でも…これほど最高の仲間達に今後出会えるんだろうか… おまえ達、みんな良いチームメイトだよ。 春海…お前とは色々あったな、殴り合いもした。 殴りあいをしたから今がある… この試合を最後に野球を辞める春海にこの1球を捧げるよ。 俺の最高の友達に… 8回の表…巧巳より一打席前の春海は塁に出た。一塁にいる。 4番打者…東条巧巳 1球目はカーブだった。恒星のピッチャーはカーブがお好きらしい、 でも敬遠をしないだけ良い、中々度胸が座った奴だ。 2球目は…変化球か…直球だな………打てる! カキ―――――ン! ボールはそのままグランドを軽く突き向けたぁぁぁ ホームラーン――――― 一塁にいた春海に続いて、巧巳はホームインして2−0 オオオォォォォォォォォォォォォォォォォォ 里見学習院応援席に歓声があがった。 「巧巳、ナイスホームラン」 春海がベンチに戻ってきた巧巳に話かけた。 「春海…おれの仕事は終わった、後は頼んだぞ!」 春海は息をのみ、 「ああ、残り2回…全力を尽くすよ」 「完全試合狙うのか…」 「狙ってない…と言ったら嘘になるけど…なんか…形を残しておきたいんだ… 今まで誰もやり得てない事を…したいんだ…」 巧巳は春海の肩にそっと手を置き… 「お前は今までも誰もやった事のない事沢山やってきたぜ… 少し妬ましくなるくらいにな!頑張れ!」 「ああ」 回はついに最終回になった。9回の表…里見はなんとか塁に出る事は出来たが… 得点をつなげる事は出来なかった。 「如月副会長、ついに最後です。最後迄、私達も応援頑張りましょう。」 声の主は2学期から里見の生徒会長をつとめる男だ。3年のいるか達の 生徒会活動もこの夏で終了だ。 思えば、2年前のリコール…その後から、春海は会長でいるかは副会長だった。 春海とは結局、高校生活の間、同じクラスになる事はなかったけど、 放課後、いつも生徒会室で一緒だった。 この夏が終わったら…終わったら… 「里見学習院!校歌行くよ――――――」 いるかはありったけの声を張り上げた… ストライクバッタァーアウト! 「あと2人!あと2人!あと2人!」 ――――――――――――――――――――――――――― 「あと2人!あと2人!あと2人!」 「ねえ…一子…いるかちゃん、泣いてるよ」 全校生徒応援の中で桂が一子に話し掛けた。 「汗………いや、違う…涙」 これで終わるんだ!って思った… 涙と汗が混ざって前がよく見えない… ちゃんと見なきゃって思っているのに… 涙が止まらなかった… 涙で前が見えなくなって仕舞わぬよう…私は…涙をぬぐった… 彼が…グランドで投球する姿をもう多分…見ることはないだろう… この一瞬を…私の脳裏に焼き付けておこう… 春海… 「あと1人!あと1人!あと1人!」 今日はすごく冷静だ… 小学校の時から続けてきた、野球、 ついに巧巳から4番バッターの座を奪うことは出来なかったが、 後悔していない。 いるか…いつの頃からか…いるかが応援席で応援してくれる事が当然のように…思っていた。 いるかの笑顔はいつでも俺の活力になる。 いるか…俺の最後のピッチングを見ててくれ! いるか… 春海… ストライクバッタァーアウト! ウオォォォォォォォォー ウオォォォォォォォォー 「里見学習院!優勝!」 春海の投球に…バッターはまともに振ることは出来なかった。 ここに完全試合という誰もやり得てない事を春海はやり得た。 歓声がなる!グランドで里見のナイン達は監督を胴上げした。 「春海!お前と共に戦えて嬉しかったよ!」 「俺の方こそ…ありがとう!巧巳!」 校歌清祥の後…里見のナイン達は応援席を回った。 「はぁるぅうみぃー」 春海はネット越しにいるかに駆け寄った。 「春海!おめでとう!」 いるかの顔を見て…さっきまで泣いていた事は分かった。 いるか… 「ありがとう。いるか」 ―――――――――――――――――――――――――― 試合終了後、一般生徒達はすぐ、退散になる。バスで東京まで帰るのだ。 大阪から東京まで、夜通しでバス…朝には東京に着くだろう。 もちろん、いるかもこのバスで帰る。 春海達は今夜は大阪の宿舎に泊まり、明日、新幹線で帰る。 さっきグランドとスタンドの境で春海と少し言葉を交わしたが… 話足りないって思うけど…今日はしょうがない… 明日、帰って来るんだから… 「いるかぁー」 バスに乗り込もうとするいるかに声が掛かった。 ユニホーム姿の春海だった。春海はいるかにある物を投げた。 白い…白い… いるかは両手でキャッチした。野球のボールだった… これはもしかして… 「今日、俺が投げつづけたボール。持ってて欲しい。」 「春海…」 言葉にならないよ…また、涙が出てきちゃうよ… 「春海――お疲れ様でした。」 精一杯の言葉だった。いるかは精一杯笑顔を春海にむけ…バスに乗り込んだ。 「いるかにやったのか!」 「あぁ、出来るだけ早く渡したかった。」 「改めて、完全試合おめでとう。これでもう心おきなく受験勉強ができるな。」 「これからは今までとは違う形で野球をやるよ。」 「違う形…」 「気の合う仲間とキャチボールやるのだって、立派な野球だろ。」 「そうだな。受験勉強の合間に一息付きたくなったらいつでも相手するぜ!」 「その時は頼むよ。」 ―――今日、完全試合やり得たらボールをいるかにやろうと決めていた。 いるかが試合中…泣いてた訳…なんとなく分かった。 最後じゃないよ。俺達の季節は続いてく。 高校生という、夏は終わっても… 俺達の季節は続いてく。 今までそうだったように…これからも俺居てくれよな。 ――――いるか… 「ありがとう」 バスが動いてからもいるかはずっとボールを見ていた。 ――――春海… これで終わりじゃない…私達の高校生活の夏はじきに終わるけど… 来年も再来年も夏は来る。 春海と出会ってからどの季節も忘れられない季節だけど… この夏は一生忘れられないだろう。 10年たっても… 20年たっても… グランドでボールを投げる春海の姿…たしかにその姿は 私の青春そのものだ… 「ありがとう」 ボールを両手でしっかり包みいるかは春海に口付けるように… ボールにくちづけた… Fin |
あきこさんにはじめていただいたお話です。 初めてお書きになったと思えない、ぐいぐい引き込まれるお話でした。 これぞ青春!!!!! と声を大にして叫びたくなりました。 毎年やってくる甲子園ですがそこにはきっと数え切れないほどドラマがあって いるかちゃんたちもあのまま連載が続いていたらきっとこんなふうだったに違いないですよね。 熱く暑い夏。 応援する側とされる側と。 隔てるフェンスはあるけれどきっと心は一つだったのでしょう。 いるかちゃん、よくやった! 春海、よく投げた! 巧巳、よく打った! みんなみんなほめてあげたいです。 背景は夏の濃い青空を。 暑さも伝わってくるような雲を。 そして球場のフェンスの写真も使ってみました。 春海のそばでいっしょに戦えたような いるかちゃんのそばでいっしょに応援できたような 不思議に心が熱くなる物語でした。 あきこさんすてきなお話をありがとうございました♪ |