カレーのルーさま作





SOME DAY




「一年のときから進路調査するなんてさすが進学校…」
などと一枚の紙を目の前に、鉛筆を鼻の下にかけて『への字口』を決め込んだいるか。

何を書こう。
進路?そんなもの、まだ先の話だと思っていたのに。
何も考えていない自分にどう書けというのか。
今の自分の世界が楽しいだけに、そこまで未来を見つめる気などなかった。
それが急に現実に戻されて困惑しないほうがおかしい。
みんなはどう考えているんだろう。
聞いて周りたい気分になった。

そして昼食時、折りしもその答えを聞くことができた。
「あたしは出版関係に行くつもりだけど」
「あたし女子アナ!」
「ゲッ、あんたが?」
「なによぉ、いいじゃない。面白そうなんだもん」
そのほかにも出てきたいろいろな職業。
みんななんだかんだ言って自分の進もうとする道を考えてる。
私だけ…なのかな。何も考えてないの。
自分が取り残されたような、落ち込みにもにた感情を抱いたそのとき、思わぬ言葉が降ってきた。
「でも、一番将来が安定しているのはいるかちゃんだよね」
「そうそう、だって、ねぇ。順風満帆!って感じだもんね〜」
「何が?」
言っている意味が分からずきょとんとした。
「ヤダな〜、もう。いるかちゃんってば〜。あなたには素敵なだんな様がいるじゃない」
「…だ?!」
「そーよー。だって将来を誓ったんでしょ?」
「な?!何言って…!」
一気に頬を赤くした。
からかう友人たちに鼻息も荒く反論する。
「ま、まだちゃんと婚約もしてないのに、何がダンナだ」
「へぇ、お見合いなんてしたから、もう婚約まで言ってると思ったけど。まだなんだぁ」
「高校卒業と同時に結婚するのかなぁ、なんてさ」
「きゃっ、それカッコいい!でもいるかちゃんってば家事出来なさそうだよね」
「うん、うん、言えてる〜。じゃあ山本君に上げ膳据え膳?」
「うわ〜うらやましいかも〜」
「あ、でも、亭主関白そうに見えるから、みっちりしごかれるかも」
「ぬるいお茶なんて出したら怒られそう?」
「ちゃぶ台ガッターン!なんて」
「でも、ほら、いるかちゃんのほうが喧嘩強くてさ〜」
「キャハハ、有り得る〜」
お、お前ら…。
本人を目の前にして妄想混じりな言いたい放題の状態に青筋を立てた。
こいつら一度シメたろうか!
といわんばかりの迫力ある大魔神の顔になりつつあるいるかの形相に会話に入っていた一人が気づきギョッとする。
それでも未だ気づかない他のメンバーは話をさらにエスカレートしそうになっていた。
「お、お前ら…いいたい放題…」
とやっとのことで口にした怒りの声にさすがにみんなが我に返り、取り繕う。
「い、いるかちゃん。抑えて抑えて…」
「どうどう」
早くこの話題から逃げ出したいっ。
何かいい案はないかと仲間みんながぐるぐると頭の中をめぐらせていると。
ガラッ。
「おい、いるか。」
後ろの扉が開くと同じ生徒会役員でクラスメイトでもある巧巳が顔を出した。

「役員会だってよ」
「あ、ほらほら、いるかちゃん生徒会のお仕事だって!がんばってねー」
なんていいタイミングで来てくれたのだろう。
これで彼女のカミナリからぬけられる。
「いってらっしゃーい」
井戸端会議の面々はこの場を仲裁した(?)巧巳への感謝と未だムスッとしているいるかの怒りが鎮静してくれることを祈りつつ、やはりいるかと春海に関する話題は面白いと反省の色なしのまま二人を見送った。





冗談じゃない。
いるかはズンズンと踵を鳴らしながら廊下を歩いた。
確かにみんなの進もうとしてる道を聞きたいと思ったけど、まさか話がこっちのほうに来るとは思わなかった。
第一、将来の欄に<春海の奥さん>なんて恥ずかしくて書けるか。
それじゃまるで夢物語みたいじゃないか。(まあ、事実になろうとしてるけど)
婚約してないしっ。
それに私だって少しだけどお料理教わってるんだぞ(失敗するし、春海のほうが上手そうだけど)
いるかの頭の中の論点がずれて、自分でも何に怒っているのか分からず知らぬ間に百面相していると…
「書いてみれば?『お嫁さん』って」
見透かしたような口ぶりでからかう巧巳の声。
二人で同じ方向に向かっているのを忘れて歩いていた自分。
単純ないるかの思考を見通すことは容易だが、当人は脳裏によぎった自分の未来予想図までも見られたような気がしていつも以上に動揺した。
「な、ななな、何言って…は、は、『春海のお嫁さん』って書…」
「オレ、『春海の』なんて一言も言ってないぜ」
「…っ…!」
大きな墓穴だった。
巧巳は間違いなくあの会話を聞いていたようだ。
そう思うと恥ずかしくて今掘った穴に入りたい気分になった。
春海には告げ口することはないにしろ、からかいのネタになりそうだということは容易に想像がつく。
しかし、次に返ってきた言葉はいるかの予想に反していた。
「まあ、別に将来なんて気持ちしだいでいくらでも変わるんだから、そうムキになって考えなくてもいいんじゃねぇか?」
「え、あ…ぅん…」
意外な言葉にきょとんとしていると、巧巳は視線を窓の向こうの景色に向けた
「自分さえ見失わなければ道は開ける…ってさ。
これついこの間理事長のじいさんに教えてもらった言葉なんだけど。
まあ、進学校だからってそんな無理やりに決めることないってことさ」


そうなのだ。
レールは一本だけじゃない。
分岐もあれば乗り換えもできる。
そのときの状況でいかようにもできるのだ。
そう考えるとパッと目の前が開けたような気がした。
「とりあえず、何か適当に書いといて提出しておけばいいと思うけどな」
「巧巳も適当に書いて出したの?」
「俺は、もう少し野球をやっていたいからな」
「じゃあプロ野球の選手になるんだ」
「まあな、できれば春海と一緒に続けたいもんなんだが」
「あ、それ面白そう!ならいっぱい応援しなくちゃ」
先ほどまで悩んでいた顔がどこへやら、嬉々とした顔で他人事のような返事が返ってくる。
「おいおい、分かってないな。そうなるとお前は野球選手の嫁ってことになるんだぜ?」
「へ?、た、何言って…っ」
いきなり現実めいた未来にいるかの顔が一気に赤くなる。
春海が野球選手になれば自分はその夫人…ってことに…。


「ふーん?」
いらぬ妄想状態のいるかとニシシッと笑みを含みながら見ている巧巳の肩にひとつの手が乗った。
しかもいるかの「へ?」からさほど間が空いていない。
心なしか怒気を含んだ声の主のほうを振り返るいるかと巧巳の目に噂の的が立っていた。
「は、春海?!いつからそこに!」
「つい今し方だよ」
いるかの上ずった声にも見た目はいつものように普通に接している。
しかし、傍目からはいつもと変わらず冷静な顔はわずかに曲がったへの字口気味の唇で明らかに不機嫌そうである。
「で?何が何だって?」
本当に最後のあたりしか聞いていないようだ。
この話の真相を話したときの二人の反応を思うと巧巳の中に小悪魔な期待が走った。
そこで、進路調査票のことさと言うつもりだった。
しかし…
「進…!!(ふごっ)」
「は、阪神優勝バンザーイ!バース、今年もぶちかませーっ!って話してたんだよ。ねっ!」
「は?」
「ふごーっ(怒)(いるか、てめーっ!)」
どこから持ち出したのか…、いるかは咄嗟にガムテープを巧巳の口目掛けてバンッと貼り付けると慌てて話を作った。
いかにもその場限りの三文芝居、なのだが春海がそれ以上を聞く前にいるかはさっさと次の行動へ移していた。
「ほらほらっ、急ぐんでしょ!でないと他のみんなも待ってるよ」
言うや否や大の男二人を引きずるように駆け生徒会室へ大急ぎで向かった。



ある日の里美学習院高等部の風景だった。




end




カレーのルーさんより「いるかちゃん応援部」一周年記念にいただいちゃいました!
んもー・・・いるかちゃんってばからかいがいありすぎです(笑)
その場にいたら私だってきっと・・・!
そしているかちゃんを赤面させたい♪

今が楽しいときに将来のことって考えにくいのかな。
いるかちゃんはそのときそのときを大切に生きているんだもんね。
でも、きっと春海はそうじゃないんだろうなぁ・・・

ところで。

ぬるいお茶を出して怒られるいるかちゃんをみたいと思ったのは私だけでしょうか。
しょぼーんとしてるいるかちゃんもいいかも?
悪趣味かな・・・

えっとね、喧嘩はいるかちゃんが不戦勝というのに一票です(笑)。

ルーさん、またしてもかわいらしいお話ありがとうございました♪

水無瀬
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