ため息
「やっぱり、かっこいいよね」 休み時間、ため息まじりに友人がぽつりと呟いた。 彼女の視線の先には、廊下を行く彼女の『彼』の姿があった。 いつも通り、一瞬教室の中を見、彼女の姿を見つけて微かに微笑む。彼女も気付 けば駆け寄る。彼女達がこの春、入学して来て以来の風景。 「どうしたの?」 今さらという感じではあったが… 机の上に突っ伏した彼女は彼の後ろ姿を追い、深い深いため息をついた。 「本当に、どうしたの? 今さら…」 『彼』が『かっこいい』のは、周知の事実。呆れ返りながら、でも、そんなふう なことを言う友人が不思議と可愛く思えた。 「だって今までは…」 「何言っているのよ、あんなかっこいい彼氏、なかなかいないよ。おまけに頭も 良くて、スポーツ万能、 …うらやましい…」 「そうなんだよね…、でも、春海がどんなのかってあんまり考えたことなくて… いつの間にかそばに居たって感じで…」 いつになく、滅入った感じ… 「ねぇ、いるか、そこんとこ詳しく聞かせてよ。今日の放課後! 約束ね」 「えって、ちょっと!!」 もう、授業開始のベルが鳴る、無理矢理約束を交わし、授業の準備を始めた。 放課後。 一子、いるか、私の三人でファーストフード店に来ていた。いるかは相変わらず 良く食べる。バーガー3個に、ポテト、ジュースを注文していた。 「で、いるか、話の続きなんだけど…」 「そうそう、『いつの間にかそばに居て』どうなったの?」 いるかは、見た目に狼狽しながら、でも、ある程度覚悟はできていたようで、 「春海とは中二の時から一緒に生徒会やっていたし、クラスも部活も同じで、家 も近所で、私が倉鹿に転校してから、東京に帰って来るまでほとんど一緒に過ごし てたんだ。特別に約束とかしてなかったけど…」 「ふーん、それで、でも、つき合ってはいたんでしょ?」 「じゃないと、山本君としても、わざわざ東京の高校なんて来ないよねぇ」 「やっぱり、いるかを追っかけて東京に来たってこと?」 会話はいるか抜きで盛り上がりはじめた。 「ってことは、やっぱり、山本君の方がいるかに…『ゾッコン』?」 一子と二人で『キャーーー』と歓声をあげる。 見た感じ、そう見えていた。山本君の、その他一般の女子への対応と、いるかの それはあきらかに違っていた。彼女がいる時といない時の彼の表情の違いは、彼女 の知らないところ、いるかのいない時に見せる『求める視線』は決しているかには わからなかった。 「そうよねー、なんか不思議だけど…」 一子と私の視線を感じたいるかは、いつもより食が進まないらしく、ハンバーガ ーもまだ一っ目の途中だった。 「そう…なんだよね。春海なんて凄くモテて、なんで、私なのかって、考えたら …」 ナーバスになっている原因はコレ…わかったらすごく単純な思考。 最後は消え入りそうな声で呟き、頬を染める。女の私から見ても可愛いって思え た。 まだ、『そういうこと』に関しては驚くほど純情で、真直ぐな同級生。ふだんの 何も考えていないような、明るく、活発なところから想像も出来ない、きっと、山 本君に対する感情をまだきちんとコントーロール出来ていないのだろう… あまりにも単純で、純粋で、はじめは少しからかってやろうっと思ったけど、そ ういう気持ちもなくなってしまった。 この間、うわさで聞いた山本君が、また、告白された』ってことに端を発して いるのだろう。 「あんまり心配しなくていいんじゃない」 一子も、少し呆れたような、愛しい気持ちでいっぱいのような、声で言った。 「そうだよ、いるかはいつものままが一番いいよ。私も好きだな。いるかって、 明るく元気で、真直ぐで…なんでも一生懸命になれて…」 「それに、山本君もかっこいいけど、いるかも十分かわいいよ」 いるかは、びっくりして、少し噎せてしまった。 「えっ、な!…」 ゴボゴボっと咳き込みながら、顔が真っ赤になった。 こういうところ本当に可愛い、 「うん、私もそう思う。外見も中身も正反対なのにすごく似合ってると思うよ。 上手く言えないけど」 『そうなのかな』っと自信なさげな友人を見て少し心配になった。 「もう、あんた達って、ちゃんとつきあってるんでしょ!自分が彼女だって胸 はってたらいいじゃん!」 いるかはビクっとし、慌てふためき、 「だって、だって…倉鹿に居た時は、本当に自然と一緒にいて、つき合おうとか そんなこと言ったことなくて、春海がこっちにきてからはいろいろあって、前みた いにいつも…一緒じゃなくて…」 これは、山本君が告白されたってだけの問題じゃないかも… 「ねぇ、じゃ、どちらからも何も言ってないの? いるかが東京に帰ってくる時 とか、何もなかったの?」 そう言った途端に耳まで赤くなったところを見ると、何もなかった訳ではなさそ うだけど、一子が言葉を繋いでくれた。 「何もなかった訳じゃないでしょ? それで山本君いるかを追い掛けて来てくれ たんでしょ?」 「わかんないよ。私、あの時、見送られるのが嫌で、お別れするのが嫌で、最後 まで出発の日時を言わなかったんだ。でも、春海は気付いて駅まで来てくれて、 …『東京の高校に行くから』って… 言ってくれた」 ポツリポツリと言葉を繋いで行く。小さな声、周りの喧噪に消えてしまいそうな… 「そのとき、『好き』って言われたんでしょ?」 一子がすかさず、大事な部分を聞いた。いるかはますます赤くなりながら、小さ く頷いた。 「じゃ、いるかからは? ちゃんと返事した?」 下を向いたまま、首を降る。 原因がわかった。たぶんそう… 「ダメだよ。いるか。いるかが自信無さそうなのは、たぶんいるかが自分の気持 ちをちゃんと伝えていないから、だから、二人の関係に自信がもてないんだよ」 「そう、伝えることはちゃんと伝えないと、『わかってるはず』、なんてないん だから、いるかがしっかりしないと、きっと山本君の方が不安に思うよ」 「好きな人を不安な気持ちにしちゃダメだよ!」 一子と私でまくし立てるように言う。 でも、いるかは、真っ赤になって俯いてしまったまま… 知らず知らずため息がもれた。 「…でもね。そんなこと言っても、山本君なら、いつまででも待っていてくれそ うだけどね。いるかの気持ちなんて見ていてわかるし」 「そうそう、だから…うらやましい。いるかの速度をわかってくれてるんだよね。 いるかの言いたい時でいいだろうね。けど、その時はちゃんと言わないとね。タイ ミングが大事よ! 失敗するとまた言えなくなるんだから!」 いるかは目を丸くして、私達を見ていたけど、少し考え、何か吹っ切ったように、 「ありがとう、ケイ、一子。…よ〜し、明日からまた頑張るゾ!!」 と言って、残りのハンバーガーを食べはじめた。 一子と私は顔を見合わせながら、深いため息をついた。 いるかを見送ってから、一子と二人で帰路を急ぐ。 「いるかって、ほんとかわいいよね」 「うん、ゆっくり行こうとする山本君の気持ちもわかる。山本君には悪いけど、 いるかはこのままでいてほしいな」 「でも、もっともっと、今よりずっと山本君と一緒にいたら、今のいるかじゃな くなちゃうような気がするね」 「うん、そんな気がする」 「…きっと、もっと、ずっと、女っぽくなって、綺麗になっていくんだろうね」 「うん、それは、ちょっと寂しいけど、いい変化なんだろうね。もっと、魅力的 になって、…山本君、泣くことになるかもね…」 夏の夕方、黒い鳥の影を見送りながら、私達は笑っていた。 |
青い空さまはじめてのお話です。 なんだかとってもいるかちゃんがいるかちゃんらしいなぁ、とおもいました。 春海は確かにすごいもてもてだし(いるかちゃんには負けるけど(笑)) 少女漫画史上最高にかっこいい(と私は思っている)けど いるかちゃんが彼を好きになったのは、彼がかっこいいからでも頭がいいからでもなく、ただ、春海が春海だったからなんだなって思いました。 春海のこと、周りの子達が見るように見たことはあまりなかったのよね、きっと。 そんな彼女がとてもかわいらしく思えました。 そうそう、人を好きになるのは打算じゃない。 彼の非の打ち所もない外側にあこがれる子がどんなに多くても 春海の心の中に入っていけるのはアナタだけよ、いるかちゃん! ……にしても…… 彼女のため息はつまり惚れなおしたってこと?! やるなぁ春海! 背景は女の子同士のきゃいきゃいした雰囲気が出したくてハートをつかってみました♪ ためいきもおしゃべりも尽きなかった高校時代を思い出しつつ。 青い空さんかわいいお話をありがとうございました♪ 水無瀬 |