馨子さま作






里見学習院人事件







【B明日はまた明日の陽が照るのだ】



里見を後にしたいるかは、春海とともに一旦六段の家に向かった。

当分の着替えと勉強道具を取りに戻ったのだ。



春海のマンションに着いたのは、9時を少し回っていた。

今は通いとなった藍おばさんは、いつもはもう帰宅の途に着いている時間であったが、事前に春海から連絡を受けていたこともあって二人が着くまで待っていてくれた。



藍おばさんは、倉鹿の屋敷にいたときからのお手伝いさんではあるが、母を亡くした春海、徹の兄弟にとって今は母代わりのような存在である。

いるかとの婚約が決まったときも一番に喜んでくれた。



「春海さん、お帰りなさい。いるかお嬢さんも大変でしたね、お風呂の用意が、できてますから、先にお入りになったらいかがですか?」



「それがいいよ、いるか。あったまといで」

春海は先に立ってバスルームまで案内した。



いるかがバスを使っている間に、春海は自室に戻り、生成りのアラン編みのセーターにGパンというラフな普段着に着替えていた。



そして、藍おばさんにいるかと自分の制服を渡す。

あの殺人現場で血の海に倒れこんでしまったいるかは、スカートも上着もブラウスも真っ赤な血で染まり、春海もまた警察到着までそのいるかの体を支えていたため自身の制服も血で汚れていた。

本来なら、登下校は制服でという里見の校則ではあったが、さすがにその状態でいるわけにはいかず、二人は体育用のジャージで帰宅したのだった。



藍おばさんは、春海から事前に殺人事件の事は聞いていたが、“血まみれの制服”を目の当たりにし、それが現実のものとして実感した。



「殺人事件だなんて、TVか小説の世界での出来事とばかり思っていましたのに・・・・


いるかお嬢さんもさぞかしショックだったでしょう。

いつもはとてもお元気な方なのにあんなにおやつれになって・・・」



「この制服ももう袖を通す気にはなれないかもしれないけど、このままってわけにもいかないから、一応クリーニングはしといた方がいいかなと思うんだけど・・」



「そうですねぇ、一度こちらで水洗いしてから、クリーニングに出しましょう。このままお店に持っていったら店員さんも驚いてしまいますでしょうから」



「じゃあ、お願いします」



この行為が、後々事件を急展開させることになるとは、この時春海は予想もしていなかった。

















藍おばさんは夕食に肉や魚といった血生臭いものを避け、野菜中心の体に優しいものを用意してくれた。

ショックを受けているだろういるかに対しての優しい心遣いであった。



徹もまた、兄から事情を聞き、事件の話題には全く触れず、学校であった出来事を面白おかしく話して聞かせた。

母とも姉とも慕ういるかへの幼いながらも精一杯の気遣いであった。



春海、徹、藍おばさん、3人の心遣いは、いるかの心に何か暖かいものを流し込んでくれた。



『いつまでもナーバスになってるのはあたしの性質じゃない、立ち向かわなきゃ!』

いるかの目に生気が戻った。





夜も更け、リビングにはいるかと春海の二人が居た。

徹は、明朝クラスの飼育当番とかで早々に寝てしまい、藍おばさんは「明日、また来ます」と言って帰っていった。



「ねえ、あの女の子どうして殺されたのかな?」

おもむろにいるかの口から事件の話題が出され、春海は驚いた。

少し目をむいたような表情でいるかを見る。



「事件の事、思い出しても大丈夫なのか?」



「うん、だいぶ落ち着いた。あの時はほんとにびっくりして、取り乱しちゃったけど、いつまでもナーバスになってても仕方ないしね。それに・・・」



「それに?」



「それに、犯人捕まえたいじゃん、殺されたあの子も可哀想だよ。あの手紙をよこしたって事は、生徒会に助けを求めてたって事でしょう。なのに、あたし何にも出来なかった・・・」



「何もできなかったのは俺も同じさ。じゃあ、まずは明日警察に言ってきちんと状況を話さなきゃな、俺も一緒に行くから」



「うん、元気出さなきゃね、『明日はまた明日の陽が照るのだ』【風と共に去りぬ】だっけ?」



「へぇ〜、意外に古い映画知ってんだな」

「とーちゃんの影響。とーちゃん、ヴィヴィアン・リーのファンなんだ」



「なるほど、そういえばお前の母さんってヴィヴィアン・リーの雰囲気あるもんな」

「そう? じゃあ、あたしもそうなるのかな? あたし、かーちゃんの若い頃にそっくりだってよく言われるよ」



「それは、どーかな? まっ、期待せずに待ってるよ」

「それ、どーゆー意味?」



「ははは、でも、俺としては、今のまんまでいいよ」

「へっ?」



大きな目をさらに大きくして、上目使いに春海を見る。



『その角度から見られるとたまらないんだよ。ったく、押さえるこっちの身になれっての』



「春海?」

「さっ、もう遅いし、そろそろ寝よっか?」

動揺を悟られたくなくて、春海は少し早口に言った。



「あっ、うん、おやすみ」

「ああ、おやすみ」



春海は、いるかのおでこに軽くキスをし、

「よく眠れるおまじない」と少しいたずらっぽく笑った。



そして、春海は自室に、いるかはゲストルームへとそれぞれ引き上げる。

春海のおまじないが効いたのか、いるかはいつの間にか眠りに落ちていた。






春海のたくらみ
春海のさしいれ

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