【D葬儀場は雨に濡れて】 「どういうことですか?」 春海は、1限目と2限目の間の休み時間、職員室で佐伯からの電話を受けていた。 「毛髪の鑑定の結果、被害者の纐纈いずみには過去に覚せい剤使用の痕跡がなかったんだよ」 「・・・・・・」 「こっちもね、ちょっと混乱してるんだが、所持していただけということみだいだね。そうなると密売組織による犯行って線は薄くなるね。捜査はふりだしだよ。まっ、君に愚痴を言ってもしかたないが、とにかく交友関係の件、よろしく頼むよ。」 「ええ、その件に関しましては今日の昼休みに行うつもりです」 「そうか、すまないね」 佐伯はそう言って電話を切った。 「どういうことなんだ・・・」 春海は、受話器を戻すと、唸るように呟いた。 その日の昼休み、春海は、予め纐纈いずみのクラス担任を通して、いずみの友人二人を生徒会室に呼んでいた。 生徒会室のテーブルには、春海、いるか、そして巧巳がいた。 あまり大人数では、相手の女の子達も落ち着けないだろうという配慮からだった。 だが、事情はどうあれ、とにかく学院の憧れの的がしかも3人一同に会して目の前にいるのである。 二人は膝もガクガクに緊張していた。 「こんなところに呼び出してすまなかったね」 「いえ、そんな・・・・」 答える声も震えている。 「そんなに緊張しなくていいから、ねっ。とにかく座って」 いるかがにっこりと優しく微笑んだ。 「まずは、名前をきかせてもらえる?」 「川原 麻衣子です」 フェイスラインで切りそろえられたストレートボブのヘアスタイルが、高1にしては少し大人っぽい印象を与える。 『湊に似てるかな』といるかは、今は懐かしい倉鹿の友人を思い出した。 「辻 えりかです」 ロングヘアをきっちり三つ編みに結わえた彼女は、川原麻衣子とは対照的に少し幼い印象を与えた。 「麻衣子ちゃんに、えりかちゃんだね」 いるかは、あえて苗字ではなく名前でよんだ。 「早速だけど、纐纈いずみさんについてきかせてもらえるかな」 二人の少女がコクッとうなずく。 質問は春海が主導し、いるか、巧巳がその他を補足するといった形で進められた。 「二人は纐纈さんと仲が良かったって聞いたけど、いつから?」 「中等部の1年の時、同じクラスになった時からです。2年、3年はお互いクラスがバラバラになっちゃったけど、3人とも家が比較的近かったので、登下校は殆ど一緒でした。 高等部に入ってまた同じクラスになって喜んでいたのに・・・・」 川原麻衣子は、最後は涙声になって答えた。 「最近、彼女の様子に変わったことはなかったかい?」 麻衣子とえりかは顔を見合わせ、今度はえりかの方が口を開いた。 「いずみの様子がおかしいと思ったのは、2学期に入ってすぐの頃だったと思います。 いつもは快活で笑顔を絶やさない子だったのに、だんだん口数が少なくなって、暗い顔をすることが多くなって・・・」 「私もそのことに気が付きました。それで何か悩み事があるのか、あるんだったら相談してよって言ったことがあったんですが、その時は別に何もない、心配してくれてありがとうって・・・」 「でも、何もないわけないんです。ホントに辛そうにしてて。でも私達何にもできなくて。 二人して手をこまねいているうちにあんなことになっちゃって・・・」 心底悔しそうに、二人は手にしたハンカチを握り締めた。 「ところで、彼女は君達の他に親しくしてた人はいないのかな? 例えば付き合ってる男がいたとか?」 春海は、核心に触れる質問をした。 密売がらみの犯行という線は薄くなった今、代わりに浮上するのは、痴情のもつれだ。 彼女の妊娠がその引き金になったのかもしれない。 「彼氏ですか? ん〜、いなかったと思います。私と麻衣子は、○組の何々君がかっこいい!とか、○○先輩がステキ!とかよく騒いでたけど、いずみはあんまり同世代の男の子には興味なかったみたいです。 あの子すっごいパパっ子だったから、うんと年上が好みだったみたい。 でも別に秘密主義でもなかったから、彼氏がいたら絶対私達には報告してくれたと思うんですよね。麻衣子、何か聞いてる?」 えりかは隣にいる麻衣子に向かって訊いた。 「ううん、聞いてない。それにそんな素振りもなかったし」 麻衣子は思い当たらないといった顔つきで首を横に振った。 「そうか・・・・」 「そう・・・・」 春海、いるか、巧巳の3人は同時に深いため息を洩らした。 「昼休みに悪かったね。また、もし何か思い出すことがあったら生徒会の方に知らせてほしい。それから・・・」 春海は少し表情を引き締めて続けた。 「それから・・・、彼女の亡骸は司法解剖が終わって、さっき自宅に帰されたそうだから、今夜お通夜になると思う。学校が終わったら彼女の傍にいてあげてくれるかい?」 二人の頬には、涙が伝っていた。 その日は夕方から冷たい雨が降り出した。 まるで天さえも一人の少女の死を悼むようなそんな冷たい雨だった。 「春海、いるかちゃん」 「佐伯さん」 「聞き込みですか?」 「ああ、さっきは連絡ありがとう」 「いえ、これといってめぼしい情報ではなくてすいませんでした」 「春海!いるか!今そこで聞いたんだけど・・・」 「巧巳」 刑事達の姿に気づいて、巧巳は軽く頭を下げる。 「東条巧巳君でしたね、何か気になることでもあったんですか?」 やはり刑事である、穏やかな口調ではあるが、獲物を狙う鷹のようにするどい視線を巧巳に向けた。 「今、弔問に来ていた近所の人に聞いたんだけど、彼女の母親、蒸発しちゃったらしいんだ。」 「蒸発?」 「いつ? どうして?」 「蒸発したのは10月頃らしいな。彼女の父親、今年の春に会社の人事異動で海外部に配属されたんだけど、まあ出世ではあるんで、家族も最初のうちは喜んでいたみたいなんだけど、取引先が海外だからさ、時差の関係もあって出社や帰宅の時間もバラバラ、休みも合わなくなって、それが原因でしょっちゅう喧嘩してたって。 それで9月頃には、父親の方はほとんど家に帰らなくなったらしい。 母親の方もさみしかったんだろうな、その頃から頻繁に若い男と会ってるのを見られてる。だから多分、その男と蒸発したんじゃないかって近所ではもっぱらの噂だ。」 「確か、彼女の様子がおかしくなったのって2学期が始まった頃だって言ってたよね。やっぱりその事が原因なのかな?」 「その点も含めて、これから父親に事情聴取してきますよ、じゃあ」 軽く手を挙げて、佐伯は若い刑事を伴いその場を後にした。 「彼女、一人で悩んでいたのかな?」 「たぶんな、内容が内容なだけに友達にも言えなかったんじゃないか?」 「嫌な話だな・・・」 巧巳は、彼女と己と重ね合わせた。 巧巳の両親は数年前に離婚が成立し、巧巳、正美の二人の親権は父親が持つことになった。 父親は、一流企業の重役であり、経済的には裕福であった。 しかし、纐纈いずみの父親同様多忙な父は家を空ける事の方が多く、その上妹の正美は心臓を患い、長期の入院を強いられた。 母のストレスはピークに達していた。 家庭を顧みない夫、病気の娘、そんな時友人に誘われ始めたビジネスが当たった。 家庭での煩わしさから逃れるように、母は益々仕事にのめり込んでいった。 父と母との間の溝はもはや修復不可能なほど広がっていた。 結果、母は巧巳と正美を父の元に残し、家を出て行った。 それでも巧巳には野球があった。 野球さえやっていれば、嫌なことも全て忘れられた。 だが、あの八百長事件。 絶望し、心が荒んでいった。 心の拠り所を失って、怒りの矛先は父や母にも向いた。 そんなとき、こいつらに出会った。 いるか、そして春海。 こいつらと出会わなかったら、今自分はこんな風にいられなかっただろう。 年に何度かは正美を連れて母とも会うようになった。 もう昔のわだかまりはない。 不思議なもんだよな、人の気持ちって・・・・ 「巧巳、巧巳、ねえ巧巳ってば!」 「ああ、すまん、どうした?」 「だから、もう引き上げるって話。 明日もあるし、彼女のお父さんにご挨拶してから帰ろうかって」 「ああ、そうだな、じゃあ、玉子たち、残りの生徒会の奴らにも声かけてくるよ」 巧巳は、玉子たちを探しに走り出した。 |