馨子さま作
里見学習院殺人事件
【Eポケットベルは何を語る】
「おかえりなさいませ、春海さん、いるかお嬢さん。寒かったでしょう?」
「うん、夕方から雨降ってきちゃったから余計寒かった。ねえ、藍おばさん、今日の夕飯なあに? あたし、おなか空いちゃって」
「今日は、シチューにしましたよ」
「うわー、うれしぃ。あったまりそう」
「その前にお着替え下さいな。その間に用意しておきますから」
「うん!!」
いるかは元気よく部屋へと向かった。
「おばさん、すいません、今日も帰り、遅くしてしまって・・・」
「いいんですよ。それより、いるかお嬢さん、お元気になって本当によかったですね」
藍おばさんの言葉に春海は静かに頷いた。
「あ、そうそう、忘れるところでした。この間洗濯を頼まれましたいるかお嬢さんの制服ですけど、上着のポケットにこんな物が入ってましたよ」
と、春海の手に黒いプラスチック製のカード大の物を手渡した。
「――――ポケットベル?」
「ポケットベル? 何ですか、それ?」
「外出先の人を呼び出す機械ですよ。僕も実物は初めて見たけど。いるかの奴、なんでこんなもん持ってんだ?」
春海は訝しげにそれを手に持ち、
「じゃあ、僕から渡しておきます」と答えた。
「ふぅ、できた」
いるかは大きな息をついて数学のテキストを閉じた。
二人は、夕食後春海の部屋で勉強をしていたのだった。
「随分早く解けるようになったじゃないか」
山本家滞在中、いるかの家庭教師役をかってでた春海が、少し驚いたように言う。
「へへへへ、そう? やっぱ教師がいいからかな?」
ペロっと舌を出して、いるかはいたずらっぽく言う。
「当然だろ、愛情たっぷりで教えてるんだぜ」
「えっ、あっ、愛情たっぷりって・・・・」
真っ赤になって口ごもる。
『相変わらず、こーゆー事にはちっとも慣れないんだよな。まっ、そこがかわいいトコなんだけど』
「そうだ、お前、ポケットベルなんていつから持ち歩いてるんだよ? 俺、知らなかったぜ」
「えっ、ポケットベル? 何それ?」
「何って、お前のだろ? 事件の時着てた制服の上着のポケットに入ってたって藍おばさん言ってたぜ」
春海は、藍おばさんから受け取ったポケットベルをいるかに手渡す。
「こんなもん知らないよ。あたしのじゃない」
「お前のじゃないって、じゃあ、誰のなんだ? 心当りは?」
そう言われて、いるかは探るように天井を見つめた。
「あっ、だとしたらあの時だ。ほら、事件のあった日、あの子、纐纈いずみとぶつかったって言ったでしょ、あの時しか考えられない。だって、その直前トイレでハンカチ取り出したとき、そんなもんポケットの中になかったもん」
「だとすると、偶然とは考えられないな」
「えっ、どういうこと?」
「考えてみろよ、制服のポケットにそんなもんが偶然に入るわけないだろ。意図的に彼女がお前のポケットに入れたんだよ」
「意図的にって?」
「あの手紙といい、このポケットベルといい、彼女はなんらかの予感があったんじゃないのかな。だから、俺達に託したんだよ」
春海は、いるかから再びポケットベルを受けとると、今度は念入りに調べ始めた。
「何かわかるの?」
「んー、この窓みたいなところに相手先のメッセージが表示されるって話だけど・・・」
「ピーピーピー」
突然、手にしたポケットベルが鳴り出し、さすがに春海も驚いて放り投げてしまった。
「うわぁ、びっくりした」
「突然鳴り出すんだもん、びっくりだよね」
いるかは自分の方に飛んできたポケットベルを拾う。
「あれ、何か数字が表示されてる」
「えっ」
二人して、ポケットベルの窓の部分を覗き込む。
《0301327263》
「《030》って、確か、自動車電話か携帯電話の番号だったはず・・」
「自動車電話? 携帯電話? 何なのよそれ?」
今では当たり前の携帯電話も、1987年当時はまだ一般の認識度は低かった。
もともと、前身は自動車電話で1979年に東京23区でそのサービスは開始されていたが、基本料金が月3万円、最短距離通話で約100円/分と高価な為、その使用は、大手企業の社長や政治家などにとどまっていた。
携帯電話としては、1987年にその販売が開始されたが、アナログ方式で容積も500ccと現在のものとはかなりかけ離れている。
まだまだ開発途上のもので、いるかが知らないもの無理はなかった。
「でも、どうして番号見ただけでわかるのさ?」
「自動車電話や携帯電話の番号はさ、《030》と前置きして、2桁の地域番号、5桁の加入者番号と続くんだよ。俺もあんまり詳しいことは知らないんだけど、この間、親父が自分の車に自動車電話つけたんだよ。それで030が頭につくと自動車電話か携帯電話の番号だって知ったわけ」
「ふ〜ん。で、これどーするの?」
いるかは手元にあるポケットベルを顔の前まで持ち上げて、ぶらぶらさせながら言った。
「まずは、佐伯さんに連絡して調べてもらう」
「調べるって何を?」
「この電話番号の主に決まってるだろ。佐伯さん、まだ警視庁だろうな、電話してくる」
春海は、そう言い残して部屋を出ていった。
「すまないね、こんな時間におじゃまして」
連絡を受けた佐伯は、春海の自宅の玄関で靴を脱ぎながら言った。
「いえ、早いほうがいいと思いまして」
春海はリビングに佐伯を招き入れた。
「佐伯さん、こんばんは!」
「いるかちゃん??」
「あっ、あたし、お茶煎れてくるね」
「ああ、頼むよ」
勝手知ったるといった様子でキッチンに向かういるかの背を見つめながら、佐伯は「お前達、結婚してるの?」と真顔で聞いた。
「なっ、何言ってるんですか?ち、違いますよ。彼女の両親が海外に出張中で、あんな事件の後、一人にするのが心配でうちに呼んだんです。ご両親にはちゃんと連絡してありますし、うちには弟もいますよ」
「いや〜、さっきのやり取り、なんか新婚夫婦みたいなんでな、つい」
「新婚夫婦って・・・・」春海は茹で上がった蛸のように赤くなった。
「へぇ〜、春海、お前でも赤くなることあるんだねぇ」
「佐伯さん!!」
「ごめん、ごめん」
『やっぱり、なんだかんだと言っても高校生だな。かわいいもんだ』
普段は高校生離れした大人びいた面しか見せない春海の意外な一面を垣間見た佐伯は、顔がほころぶのを押さえきれなかった。
とにかく、最初の出会いが最悪だった、くそ生意気な奴だと思った。
しかし、その後幾度となくやりとりするうち、打ち解けた。
呼び方も山本君が“春海”となり、如月さんは“いるかちゃん”となっていった。
「お・ま・た・せ!」
いるかは、茶托にのせた蓋のついた客用の湯のみを佐伯、春海、自分の順に丁寧にテーブルに置く。
いるかは、何気ない仕草の中に、時折ハッとするほど古風な作法を見せることがある。
本人は全く自覚してないのだろうが、育ちの良さをうかがわせる仕草だ。
味の方も申し分なかった。
蓋を開けると茶葉のすがすがしい香りが鼻腔をくすぐり、緑茶本来の味を最高のかたちで引き出した、そんな感じだった。
「刑事部屋の出がらしとは全く違うね、ほんとにおいしいよ」
佐伯もしばらくいるかの煎れたお茶を堪能した。
「さて、お茶も楽しんだことだし、本題に入ろうか」
春海は、小さく頷き、佐伯に例のポケットベルを手渡した。
「この番号だね。NTTに確認すれば番号の主はすぐに判明すると思う。とりあえずこれはこっちで預かるよ」
「お願いします」
「明日、纐纈いずみの葬儀だろ、参列するのかい?」
「ええ、生徒会として一応葬儀の手伝いをしなくていけないので。今夜と同様、僕達は弔問客の受け付けです。佐伯さんもまた聞き込みですか?」
「ああ、通夜に参加できなかった人間もいるだろうから、その辺を中心に聞きこみだな。そうそう、聞きこみで思い出したけど、彼女の父親相当参ってたな。まっ、一人娘だから当然といえば当然なんだけど、なにより娘の行動を全く把握していなかったことにショックを受けていたよ」
「でしょうね、僕達もちょっと声を掛け辛い雰囲気でしたから・・・」
「じゃあ、俺はこれから本庁に戻るよ。これ以上新婚家庭に長居するわけにはいかないからな」
「―――って、佐伯さん!!」
「はははは・・・冗談だよ、春海。じゃあ、明日葬儀の時にな。いるかちゃん、お茶ご馳走様、おいしかったよ」
佐伯は、ソファーから腰をあげた。
RRRRR RRRRR
夜の闇の中、閑散とした室内に無機質な音が響き渡る。
「はい」
「一体どうなってるんだ、連絡が取れないぞ」
「申し訳ございません。実は・・・・・・」
「なっ、そんなことは私は知らん、君の責任だ。とにかくこちらに矛先が向かないようにだけはしてくれ。しかし、そういう事なら例の件、頼むよ。前のもなかなかだったが、ちょっと飽きてきたところだったしな。タイミングとしては良かったかもしれんな。ははははは・・・・」
耳障りなほど横柄な笑い声の男、そして、それとは対照的に頭をかかえソファーに沈み込む男。
その男の視線の先には、不気味に光る鈍色のナイフが置かれていた。
昨日の雨は、夜明け近くに雪へと変わり、もう何日か遅ければホワイトクリスマスなのだが、今日のこの日に限ってはこのどんよりした雪雲は鬱陶しいだけだった。
「今日は冷えるからな、少しあったくしていけよ」
出掛けに春海はいるかにそう注意を促した。
「うん。雪、積もるかな?」
「どうかな? そんなには降らないと思うけど・・・」
里見学習院高等部は、受験を控えた3年を除いて急きょ休校としたこともあって、午前11時から始まった纐纈いずみの葬儀にはクラスメイトをはじめ多くの生徒が参列していた。
春海、いるか達生徒会役員は、昨日同様葬儀の手伝いをしていた。
「山本君」
「あっ、高石さん。浅見さんもいらして下さったんですか?」
「ああ、我々は里見のOBでもあるし、あの日に居合わせたという縁もあるしね。今、ちょうどそこで浅見と会ったんで一緒に来たんだよ」
「そうでしたか、ありがとうございます。故人に代わってお礼を申し上げます」
「それと、里見理事長のご様子も知りたくてね。外部からの突き上げもあると聞いているのでね、心中察するに余りあるよ」
「そうですね、事件そのものが解決しないことには何ともできないというのが現状でしょうが、すでに覚悟を決められているように思われます」
「・・・覚悟って、春海、まさか? 松之助理事長がどうし・・・」
“どうして”という言葉をいるかは飲み込んだ。
『いいかげんにしろ、お前はサッカー部員だろう ちょっとは責任てものをかんじないか』
伊勢杏子と3人の倉鹿女子サッカー部員による但馬館との乱闘事件を端に発するサッカー部の解散。
あの時の春海の言葉をいるかは思い出していた。
会長という立場の責任感、いつだって春海は私情に流されずその任を果たそうとする。
だが、春海は冷血漢ではない。
会長という公の立場と私情との間で板ばさみになりながらも出来うる限りの働きをしてくれる。
あの事件は、そんな春海の一面をいるかに焼き付けた。
そして松之助理事長。
校内での殺人事件、この前代未聞の不祥事の責任は、学院のトップである理事長に向けられるのは必至であり、その責任を自らかぶり身一つで盾になることは、あの理事長なら考えられることであった。
『二人とも同じだ』
いるかは、自分ではどうにもできないもどかしさに唇を噛んだ。
そんないるかの気持ちを察してか、高石は話題を変えるように春海に話しかけた。
「山本君、こちらのお嬢さんはあの時の?」
「えっ、あ、はい、そうです。」
「いるか、こちらは文部事務次官の高石さん、そしてあちらが警察庁刑事局長の浅見さん。あの日、里見理事長のところにいらっしゃって、あの事件に遭遇されたんだ」
「そうだったんですか。あの時、あたし気が動転してて全然回り見えてなくて。あの、如月いるかです。ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
いるかは素直に頭を下げた。
「いやいや、あんなところに出くわせれば、大の男だって気が動転しますよ。ましてやこんなかわいらしいお嬢さんだ、気にしないでくれたまえ。でもまあ、いつも近くに心強いナイトもいるようだから、安心できるようだがね」
と高石は少しからかうような調子で言った。
いるかは、“心強いナイト”が春海にあたること気づき、顔を赤らめた。
高石は、気恥ずかしいほどの青春を謳歌している二人をもう少しからかいたくなる衝動にかられたが、場が場だけに思い直し、「じゃあ、我々は焼香を済ませたら、理事長に声をかけてくるよ」と表情を引き締めて言った。
「お願いします。」
今度は春海が頭を下げた。
「俺、ホット」
「じゃあ、僕もホットを」
「あたしは、ココア、あったかいのね。それとケーキ、苺のケーキがいいな」
二人は葬儀の後、聞き込みを終えた佐伯に誘われ、近くのファミリーレストランに入った。
店員が去るのを見計らって、佐伯は切り出した。
「例のポケットベルの番号、春海の言った通り自動車電話のものだったよ」
「誰のだったんです?」
「若宮和彦」
「若宮和彦って、代議士のですか?」
「そう、与党 民主自民党、最大派閥のドン若宮重三郎氏の次男で、衆議院議員の若宮和彦だ」
「若宮って名前、最近どっかで聞いた気がするんだけど・・・」
「巧巳だよ、園田校長と会ってるとこ見たってこの間言ってただろ」
「あっ、そういえば」いるかが頷く。
「園田? 園田って、お前達の学校の校長の園田か?」
「ええ、そうですが・・・ どうかしたんですか?」
「どうしたも、こうしたも、そうか、園田と若宮には接点があったのか」
佐伯は、宝の隠し場所をようやく探し当てたように目を輝かせた。
「接点って、どういうことですか?」
わけがわからないといった面持ちで春海はたたみかけるように聞いた。
「実は、このポケットベルの本当の持ち主、つまり契約者だな、それが里見学習院校長の園田だったんだよ」
「えっ、でも、持っていたのは纐纈いずみでしょ?」
今度はいるかが驚いたように言う。
「ああ、指紋照合の結果、纐纈いずみが所持していたことは間違いない」
「どういう事なの??」
「このポケットベルの本来の所有者は里見学習院校長の園田で、それを何らかの理由で纐纈いずみが所持、そこに若宮和彦が連絡してきたということだね」
「“何らかの理由”ってのがポイントですね」
「そういうこと。拾ったか、買い与えてもらったか、それによって捜査の行方も180度変わってくる」
「ところで、若宮和彦ってどういう人物なんですか? 教育問題に熱心な政治家だと聞いていますが・・・」
「まっ、二世議員のはしりだな。もともと父親の若宮重三郎の私設秘書だったんだが、彼の引退を機にその地盤を引き継いでる。しかし、若いころはかなりやんちゃだったらしいな。警察沙汰にもなったことがあるようだし、その都度、親父さんの威光とやらで揉み消してるがね」
「なんでそんな人が選挙に当選すんの?」
いるかとしては至極当然の質問だ。
「親父さんの地盤が頑強だったってのもあるが、“かつての不良少年も今は更正して頑張ってます”っていうのをアピールしたのが当たったみたいだな。ほら、何年か前にさ、なんとかっていう俳優の娘が不良少女から更正したっていう実話がベストセラーになっただろ。そのあおりで、当選したって感じだな。なにが幸いするかわからんからなぁ、今の世の中は。しかし更正は表向き、未だこちらさんとのつながりは切れてないって噂だ」
佐伯は、ほほに傷をつける仕草をした。
「それと、英雄色を好むじゃあないけど、あっちの方もお盛んらしい」
「あっちって??」
いるかはキョトンとした顔つきで無邪気に質問した。
「えっ・・・・」
佐伯は信じられないといった表情で春海を見る。
「春海、男として俺はお前に心底同情するよ・・・」
佐伯は、春海の肩をたたいて小声で慰めを口にした。
春海は深い深いため息をついた。
「ねぇ〜、一体何なのよぉ。なんで二人だけで納得してんのぉ」
いるかはほほを膨らませてふてくされた。
「いるか、ケーキ一つだけでいいのか? チョコのケーキもあったぞ」
「えっ、いいの? やった!!」
もうすっかり先程の事は頭になく、いるかは大声で注文のためにウェイトレスを呼んだ。
そんないるかを横目で見ながら、もう一つ深いため息をつく春海に
『ホントに大切にしているんだな』と佐伯は感じた。
「ところで、園田校長のことだが、事件の前日、若い女が自宅を訪ねて来ているのを近所の主婦が目撃している」
「その若い女って纐纈いずみですか?」
「いや、それはわからない。目撃者の主婦もチラッと見ただけで、若い女ということだけしか分からなかったらしい」
「佐伯さん自身は、今度の事件、どう見てるんですか?」
「一つの推論だと思って聞いてほしいんだが・・・」
佐伯は前置きをして話し出した。
「園田校長は八百長事件でかつての権勢を失っていた」
「えっ、佐伯さん、八百長事件のこと知ってんの?」
チョコレートケーキを頬張りながら、いるかは佐伯に向かって訊いた。
「おい、俺を誰だと思ってるんだ? 曲がりなりにも警察官だぞ。その気になりゃ調べがつくさ」
「そっか、ごめん」
「ったく、話続けるぞ」
「うん、ごめんなさい・・・」
「で、その失った権勢を取り戻そうと、教育問題に熱心だとされる若宮議員に取り入ろうとした。が、何かと黒い噂のある議員だ、そう簡単にはいかない、で、貢物を用意した。それが、纐纈いずみだ。ポケットベルを買い与え、二人の連絡用にした。が、纐纈いずみがそのことを生徒会に密告しようとしたので、それを阻止しようと、彼女を殺害した」
「じゃあ、犯人は園田校長なの? 若宮代議士ってことはないの?」
「それはない」
「どうして? バレたらその若宮代議士もマズイんじゃないの?」
「若宮代議士にはアリバイがある、そうじゃないんですか?」
「相変わらず、春海はするどいね、その通り。若宮には確固たるアリバイがあるんだ。事件当日は、アメリカに視察旅行中で、帰国は昨夜。このことは出入国管理局で確認済みだから間違いない」
「園田校長にはアリバイがないの?」
「園田は、事件当日、埼玉での全国の私立高校の校長で行われる会に出席していたということらしいが、そこにずっといたという証言は得られなかった。校長ってのは結構忙しいらしくて、最初から最後まで参加する校長なんて稀なんだと。途中で帰ったり、途中から参加したりする人が多いらしくて、いちいち気にも留めてないって話だ。だから、園田には確たるアリバイがないんだよ」
「ふ〜ん、そっかぁ。でも、園田校長が犯人っていうのなんか信じられないなぁ」
「うん?」
「なんていうかなぁ、園田校長って小悪党って感じはするんだけど、殺人なんて大それたことができるほど、度胸ないような気がするんだよねぇ」
「だから、一つの推論として聞いてほしいって言ったろ。物的証拠は何一つないんだ。彼女が所持していた覚せい剤の件もあるし、分からない事だらけさ。でも、まっ、若宮と園田に接点があったという事が分かっただけでも収穫さ。刑事って結構地味な商売だろ? ドラマみたいに1時間や2時間で解決すりゃぁ簡単なんだがな。ったく、調書書けっていうの、あれが一番やっかいなんだぜ」
「あははは、佐伯さん、愚痴になってますよ」
「部下には言えんだろ、こんなこと」
春海の指摘の通り、最後は愚痴のようになってしまったが、主任という立場で部下をひっぱっていかなくてはならない佐伯にとって、年齢を超えてざっくばらんに言い合えるこの二人の存在は貴重なものとなっていた。
「じゃあ、俺はこれで本庁に戻るよ。雪はたいしたことなかったみたいだけど、気をつけて帰れよ」
「はい、また何かありましたら連絡します」
「ああ、頼むよ」
レジを済ませ店を出ると、佐伯はコートの襟を立て、寒さの為か足早に去っていった。
「俺達も帰ろうか、あんまり遅くなると藍おばさんの帰り、また遅くなっちゃうからな」
「うん、今日の夕飯何かなぁ?」
「げっ、まだ食えるのか?」
春海は天を仰いだ。