馨子さま作
里見学習院殺人事件
【F死者からのエアメール】
それから数日間はなんの進展もないまま時が過ぎていった。
園田、若宮、纐纈いずみ、この3者を結ぶのは今のところこのポケットベルしかなく、任意で同行を求めたとしても「園田が落としたポケットベルをたまたま纐纈いずみが拾い、そのことを知らない若宮が連絡した」と言われればそれに対抗するだけの材料がなかったのある。
捜査は完全に行き詰まっていた。
一方、生徒会役員である春海たちも、事件に浮き足立っている生徒達の対策に翻弄されていた。
それでなくとも冬休みを目前にひかえ、いつもより浮き足立つ時期なのである。
「ふぅ〜」
春海は、制服のネクタイを少しゆるめながら、椅子に深く背中を預けた。
「さすがのスーパーマンもお疲れか? 春海」
授業を終えた巧巳が、教室に一人居た春海に声を掛ける。
「それはお前も同じだろ、巧巳。ここんとこ連日会議だからな」
「ああ、さすがにオーバーワークだよ。しっかし、それにしてもいるかには驚かされるよな」
「え?」
「あんなとこ出くわして、普通なら一週間ぐらい寝込んだっておかしくないんだぜ。それが翌日には立ち直って、生徒会の仕事だって真面目にこなすし、居眠りもせず授業も受けてるんだぜ。お前、どんな魔法使ったんだよ」
「俺は何もしてないよ、あれがいるかの本質さ。あいつが本気を出したら脅威だよ、俺には見守ることしかできない」
少し寂しそうに春海は言った。
「あいつが羽ばたいていくのを見るのはうれしいが、いつまでも手元に置いときたいって気持ちもある、か? 複雑だな」
巧巳の問いに春海は答えなかった。
「ただいま、藍おばさん」
「おかえりなさいませ」
「徹は?」
「学校からお戻りになって、また出かけられましたよ、お友達と約束があるとかで。
あ、そうそう、春海さん宛にエアメールがありましたよ。お部屋の机の上に置いておきましたから」
「ありがとう、おばさん。エアメールか、まのかからかな?」
「えっ、まのかちゃん?」
「それ以外思いつかないからな、俺宛にエアメールなんてさ。とりあえず、着替えてからだな」
二人は各々の部屋に入っていった。
リビングに入ると、すでにいるかは藍おばさんの用意してくれていたおやつをパクついていた。
「春海、これおいしいよぉ」
「“すや”の栗きんとんですよ。おとなりの水無瀬さんからの頂き物ですけど。
今お茶を用意しますから」
「あ、すいません」
春海は、自分宛に送られてきたエアメールをテーブルに置き、テーブル脇にある小物入れからはさみを取り出す。
「さっきのエアメールだね、まのかちゃんからでしょ、Xマスカードか何か?」
「―――それが、どうもまのかからじゃないみたいなんだ」
「え?」
「まのかの字じゃないし、それにこれ、ドイツからじゃなくてアメリカからなんだ」
春海は、取り出したはさみで丁寧に封を開け、几帳面にきっちり折りたたまれた手紙を広げる。
春海の顔色が変わった。
春海、いるか、巧巳の3人は、佐伯を訪ねて捜査本部がある警視庁捜査一課の刑事部屋にいた。
テーブルには春海宛に送られてきたエアメールが置かれている。
「そうか、そういうことだったのか・・・・・」
搾り出すような佐伯の声だった。
「どうなるんですか?」
「どうなるも、こうなるも、これじゃあどうしようもない」
「じゃあ、じゃあ、このままなの? ねぇ?」
いるかは怒りの矛先をどこに向けていいのかわからず、地団駄を踏むような思いを抑えきれない。
「いるか・・・」
「いるかちゃん・・・」
そんな重い空気を破るように巧巳が口を開いた。
「次元を変えて考えてみたほうがよさそうだな」
「どういうことだ? 巧巳」
「学生のノリでやっちまうんだよ」
巧巳はニヤッと不敵に笑った。
「???」
春海、いるか、佐伯はお互いの顔を見合わせた。
翌日、春海は里見学習院の校長室の前にいた。
そして、昨夜の巧巳の計画を反芻する。
春海は大きく息をすって、校長室の扉をたたいた。
コン、コン
「生徒会の山本です。協議結果の報告に参りました」
春海は、園田の前でもいつものポーカーフェイスで淡々と結果を報告する。
対照的に園田は、終始落ち着かない様子であった。
『なんていうかなぁ、園田校長って小悪党って感じはするんだけど、殺人なんて大それたことができるほど、度胸ないような気がするんだよねぇ』
いるかの言ったこともあながち間違ってないなと春海は思った。
報告も終わり、春海はおもむろに切り出した。
「園田校長は衆議院議員の若宮和彦氏とお親しいと聞きましたが・・・・」
突然、春海の口から“若宮”の名前が出て、園田は驚きを隠せなかった。
「若宮議員?」
「ええ、若宮議員は教育問題に熱心な方だと伺っておりますので、今度里見で講演をしていただけたらと思いまして」
「講演? ああ、そういう話か。親しいというほどではないが面識はあるよ」
「そうですか、では講演の交渉の際、園田校長のお名前を出してもよろしいでしょうか?」
「ああ、若宮議員も私の名は知ってるはずだから、そうことならかまわないが・・・」
「ありがとうございます。ではそのようにさせていただきます」
春海は頭を下げて、校長室をでる。
外で待ち構えていた巧巳に親指をたてて成功の合図を送った。
「次は、いるかだな。頼むぞ」
「う、うん。やってみるよ」
いるかは、若宮に電話をかける。
「若宮さんですか? あの、あたし里見学習院の園田校長から聞いて・・・・」
「園田校長から? ああ、ああ、あの件か、待っていたよ」
『早速用意してくれたというわけか、あの男もなかなかやるもんだ』
「では、明日の午後6時に新宿のKホテル1035号室に来てくれたまえ。楽しみに待ってるよ」
ふふふふふと含み笑いを残して、若宮は一方的に電話を切った。
「何が楽しみに待っているよだ、あの男、絶対ぶん殴ってやる」
「まあ、まあ、春海落ち着け。すべては明日なんだからな」
「俺は今でも反対なんだぞ、こんな事。いるかがどうしてもやるっていうから・・・・・」
「わかった、わかった」
『ホントにこいつはいるかのことになると冷静さを欠くんだよなぁ』
巧巳は密かにため息をついた。
翌日、PM5時。
いるか、春海、巧巳、佐伯、の4人は新宿のKホテル近くの喫茶店にいた。
頭を寄せ合い、手順の最終確認を行う。
Kホテルに張り込ませていた部下の可児(かに)刑事が、若宮のチェックインを確認し知らせに来た。
()
「よし、準備はいいか? いくぞ」
佐伯が声をかける。
春海、いるか、巧巳が先にホテルに入り、フロントに若宮の部屋番号を確認する。
そのフロント前で、偶然を装い佐伯とその部下の可児と合流する。
「春海ぃ、待ち合わせの時間に遅れそう、先に行ってるね」
いるかは、大声でそう言うと先にエレベーターに乗り、10Fに向かった。
その後、春海、巧巳、佐伯、可児はいるかの後を追ってエレベーターに乗り込んだ。
若宮のチェックインした1035室のある10階のエレベーターホールで、いるかは4人を待った。
「じゃあ、あたし行くよ」
いるかが一歩足を踏み出した時、巧巳が声をかける。
そして、いるかに何か耳打ちをした。
「何言ったんだよ?」
「最終確認だよ」
巧巳は何故かニヤッと意味ありげに春海を見返した。
いるかは一人、1035室のドアの前に立ち、残りの4人は物陰に隠れる。
いるかがドアをノックする。
若宮はドアスコープから、訪問者を確認した。
そこには、少しあどけなさを残した顔立ちで、これから花開こうとする蕾のような初々しいさを持った少女が独りいるだけだった。
若宮は舌なめずりをし、ドアを開けた。
「あの、園田校長からお聞きして・・・・」
「ああ、待っていたよ、さあ入りたまえ」
先にたって室内へ招きいれようとする若宮。
案内され、中に入ったいるかは、足を組んでベッドに腰を下ろした。
春海、巧巳、佐伯、可児の4人は、若宮に悟られないように室内に入り、入口にあるクローゼットの陰に隠れるようにして中の様子を伺った。
最近のホテルは、その殆どが自動ロックとなっているため、打ち合わせ通り、いるかは入る際、ドアのシリンダー部分に厚手の紙を挟んでおいたのだ。
そのおかげで4人はロックのかからなかった室内にすんなりと入ることができた。
「何か飲むかね?」
「じゃあ、何かジュースをいただけますか」
若宮は自分にはウィスキーの水割りを、いるかにはアルコールを入れたオレンジジュースを作った。
いるかには自分の背の影になるため、ジュースにアルコールを入れたことには気づかれていない。
今日のいるかは、オフショルダーの白いセーターに揃いのミニスカートという井出達で、スカートは、プリーツになっている。
ファーのついたキャメル色のショートブーツ、髪をポニーテールにし、ちょっとフィフティーズを意識したスタイルだった。
スカートからは、スラッとしたしなやかな足が伸びている。
そして、オフショルダーのセーターから覗くうなじのラインとそれに続く鎖骨のラインは、まだ大人とも少女ともいえない微妙な堺にいる危うさと妖しさとを醸し出していた。
若宮がいるかに飲み物を渡そうと振り返った時、いるかは組んでいた足を組み替えた。
若宮が生唾を飲み込む。
そこに間髪をいれず、飴玉を口に放り込まれたように少し甘ったるい表情で下から覗き込む視線を若宮に送った。
『ばかっ、やり過ぎだ』
今にも飛び出しそうな春海を巧巳が無言でとめる。
はじめからその気満々の若宮は、手にしたグラスを放り投げんばかりの勢いで、いるかの手首を掴んでそのままベッドに押し倒す。
「やだ、ちょっとぉー 何すんのよぉ!」
「今更いやだとはいわせないよ、そのつもりで来たんだろ?」
いるかに覆いかぶさり、その顔を近づける。
「そのつもりって何なのよぉー、春海、春海、助けて!!」
瞬間、春海の右ストレートが若宮の頬を捕らえる。
若宮はベッドから吹っ飛んだ。
巧巳、佐伯、可児の3人もどっと部屋になだれ込む。
「な、な、何だ!!君たちは?」
「何だじゃあないですよ。どう見てもあなたは婦女暴行未遂の現行犯ですよ」
佐伯は時計を確かめ、
「12月23日午後6時17分、婦女暴行未遂の現行犯で逮捕します」
若宮が後ろ手に縛られた。
「ちょっと待て、おい、こら、一体どういうことだ?」
「詳しいことは、署の方で伺いますよ」
佐伯は有無を言わさず、若宮を警視庁へ連行して行った。
若宮は当初、園田から紹介されたとはいえ、これは合意の上の行為であり、決して婦女暴行などではないと言い張った。
もちろん、高校生であることは知らなかったと主張した。
「しかし、若宮さん。彼女は生徒会の役員としてあなたに講演の依頼をしにきただけだと言っておりますが・・・」
「だが、あの子は園田から聞いて来たと言っていたぞ、どういう事なんだ?」
「その件に関しましては、講演依頼にあたって、あなたと里見学習院の園田校長とは顔見知りだから、園田校長の名を出してもいいと事前に本人に了解を得ていたと言っております。
しかも理事長、校長及び生徒会の判も押された正式な依頼書を持参し、同じ生徒会役員の男子生徒も2名同行しております。
合意の上での行為というのはいかがなもんですかねぇ」
「しかし、なんで、あそこにお前たち警察がいるんだ?」
「ああ、それは全くの偶然ですよ。地方から出てきた私の親戚の娘さんがあのホテルに宿泊していましてね。適齢期のお嬢さんということで親御さんから縁談の世話を頼まれたんですよ。
それで、私の部下で独身の若いヤツを紹介しようとあのホテルに行ったら、たまたま、あなたに講演依頼をしにきたあの子たちに会ったという訳です。」
「男子生徒も一緒に来たと言ったな、しかし、あの時は彼女だけしかいなかったぞ」
「それは、我々と立ち話をしていたからですよ、それで、彼女があなたとの待ち合わせの時間に遅れそうだからと先に行ったんです。あなたに対して礼をつくした彼女に対して、ひどい仕打ちをしたもんですね。教育問題に熱心な政治家が聞いてあきれますよ」
若宮は顔色を失い、がっくりとうなだれた。
そこに追い討ちをかけるように佐伯の冷たい一言があった。
「それから、ホテルに残されたあなたの所持品も調べさせていただきました。末端価格にして1億の覚せい剤が発見されました、こちらも説明願いますか」
若宮は観念するしかなかった。
若宮の取調べと同時に園田の取調べも行われた。
もともと小心者のこの男は、若宮の逮捕、そして自宅の家宅捜索で発見されたルミノール(血液)反応のあるナイフのことを告げられると、洗いざらい白状した。
「あの日、どこでどう調べたのか、私が出席していた全国の私学の校長の集まりの会場に纐纈いずみ本人から電話があったのです」
『園田校長、私これから、死ぬわ。
でもただでは死なない、ううん、ただでなんか死んでやんない。
昨日校長のうちに訪れた時ねぇ、私、キッチンからナイフを持ってきちゃった。
もちろん校長の指紋がべったりついたね。それ使って死のうかなぁって思って。
どうなるかなぁ、ふふふふ・・・殺人犯にされちゃうかもね。
第二体育倉庫、あそこなら人目にもつかないし、うってつけの場所だと思うんだぁ。じゃあね、バイバイ、校長センセ』
「私は慌てました。会場を途中で抜け出し、学校に舞い戻りました。
人目につかないように第二体育倉庫に行くと纐纈いずみは自殺を図り、もう既にこと切れていました。
私は、とにかくナイフと彼女に若宮代議士との連絡用に渡しておいたポケットベルを回収しなければと思いました。
ナイフは持ち帰ったのですが、ポケットベルはどうしても見つからなくて・・・
翌日、なにがどうなっているのか、とにかく校内の情報を得たくて、生徒会を訪れましたが体よく追い出されましてねぇ。
持ち帰ったナイフも不用意に処分も出来ないし、ポケットベルも見つからなくて・・」
後は嗚咽へと変わっていった。
山本会長
突然のエアメールで驚かれたと思います。ごめんなさい。
この手紙を会長が読む頃には、私はこの世にはいないでしょう。
もう、生きていくのが嫌になったんです。
でも、ただ死んでいくには悔しくて、私はある計画に基づいて自殺することにしました。
その計画とは、殺人にみせかけて自殺することです。
なぜ、こんなまどろっこしいことをとお思いでしょう?
私も“なぜこんな事になってしまったのか?”これを書いている今でさえそう思ってるのです。
私達家族がおかしくなり始めたのは、父が会社で海外部の配属となり、私達とすれ違いが多くなってからでした。
その頃から我が家から笑い声がなくなりました。
父と母は顔をあわせれば喧嘩という日々が続き、そのうち父は家に帰らなくなりました。
母は昼間からお酒を飲むようになり、男の影もちらつくようになりました。
そんな時、私は学校近くの本屋で万引きをしたのです。
得に欲しかったわけでもないのに、なんだか気持ちがスッとした気がしたんです。
それから、何度か繰り返しました。
その現場を園田校長に見られてしまったんです。
もしこのことがバレたらそれこそ両親は離婚してしまう、私は必死に園田校長に見逃してもらうよう頼みました。
園田校長は見逃す代わりに、若宮和彦という政治家の相手をするよういってきました。
私は断れませんでした。
その後、私は園田校長のいいなりに何度か若宮の相手をするようになりました。
でも、そのうちに私は若宮に会うのが楽しみになっていたんです。
決して“好き”になったわけではありません。
ただ私は寂しかった。
父への愛情をそのまま若宮に求めていたのかもしれません。
ある日、私は若宮と園田校長の電話でのやり取りを耳にしてしまいました。
「もう、私には飽きたから、次を用意しろ」そういった内容でした。
私の中で何かが崩れていったような気がしました。
私は以前から若宮が、何か薬物のようなものを取引しているのに気が付きました。
知らないふりをしていたので、若宮は気づいてないと思いますが・・・
それで、小袋に分けられたうちの一つをこっそり手に入れました。
こんな大それたことをしているのに、若宮は薬がいくつあるかとかそういったことには無頓着でした。
だから1つくらい盗んでも全く気づかなかったことだと思います。
そして、とうとう母が蒸発しました。
私が、こんなことまで必死で守ろうとした物はなんだったのか?
空しくて、空しくて、もう生きている意味が見出せないのです。
でもただでは死にたくなかった、いえ、死んでなんかやらないと思いました。
そこで私は殺されたように見せかけ、その疑いを園田校長に向けようと考えました。
犯人にするつもりではなく、疑いだけでよかったのです。
“警察にマークされる”それだけああいう立場の人間にはダメージでしょ?
そのためにその日の早朝生徒会室に手紙を挟んでおいたのです。
どうしても、殺された状態でいる私を発見してもらわなくちゃいけなかったので。
白い悪魔は、特に意味はなかったけど、以前、覚せい剤撲滅のポスターかなにかで見てインパクトの強いフレーズだなって思って使いました。
でも真相を明らかにしないわけにはいかないと思いました。
そこで、私は遺書を書くことにしました。
でも、この遺書はすぐに見つかっては意味がありません。
そこで、私はこの遺書を封書にいれた状態で、「彼氏が海外の消印のついた切手を収集してるから、同封の手紙をこのまま送り返してほしい」という手紙を添えてアメリカにいる叔母宛におくりました。
そうすればこの手紙が山本会長に届くまである程度時間が稼げると思ったからです。
如月先輩、手紙の上だけとはいえ、勝手に山本会長を彼氏にしてしまってごめんなさい。
友達って書くより彼氏って書いた方が絶対叔母さんも協力してくれると思ったんです。
それと私、如月先輩が羨ましかった。
一年の間では「如月いるか二世」って呼ばれるほど、顔形や背格好が似ているのに、それなのにどうしてこんなに違う運命なんだろうって。
だから、一時でも如月いるかになりたかったのかもしれません。
山本会長、麻衣子とえりかに伝えてください。
二人に会えてよかったと、私にはもったいないぐらいの友達だったと。
最後にご迷惑をおかけしてすいません。
さようなら
纐纈いずみ
「なんか切ないね・・・」
若宮と園田の取調べの間、いるかは纐纈いずみから春海宛に送られたエアメールを読み返していた。
「ああ」
春海も巧巳もそう一言だけいって、あとは何も言わなかった。
ほどなくして、佐伯が顔を出した。
「春海、ひょっとすると“瓢箪からこま”ってやつかもしれんぞ」
「どういうことですか?」
「ほら、例の浅見刑事局長が言ってた麻薬密売と売春の事件、若宮が一枚噛んでるみたいなんだよ。詳しいことはこれからだが、たしか若宮って教育問題に熱心だったんだよな?」
「ええ、そう聞いてます」
「で、それを利用して学校関係者との人脈を広げ、学校の情報を仕入れてたんだと。
いるかちゃんが言ってだろ、それなりの格好をしていれば校内にいても不審に思わないって。
その通りでさ、暴力団の組員に父兄や学生のふりをさせて、校内で薬の取引してたらしい。
もっと呆れるのがさ、シャブ中になった女の子を例のスナックにあっせんして、自らはそこの常連客になってたんだと。
ったく、虫唾が走るぜ」
最後には、怒りも手伝ってか、はき捨てるように言った。
「ねぇ、若宮って、若い頃、色々やって警察沙汰になったとき、お父さんの威光で揉み消したんでしょ? 今回は大丈夫なの?」
いるかが意外にも的確な質問をした。
「若宮重三郎が政界のドンだったのは昔の話、高齢がその引退理由だけど、もうかつての権勢は残されていない。若宮和彦にしたって何もすばらしい実績があっての当選じゃあない、たまたま時勢にあったのと、親父の威光のおかげだからな。地元でもすでに飽きられてきている。事実、民主自由党は、早速辞任を勧告してくるようだな」
『春海、いつか数の論理が通じる政治には必ず終わり来るだろう。その時になって慌てても遅い、今は力を蓄えるいいチャンスだ。だからこそ私は派閥からは遠いところに身をおいている。近い将来、必ず今の実績が物を言うようになる』
何かの折、父が春海に言った言葉だ。
事実、いるかとの婚約も政治家同士の結びつきより、実務を司る官僚とも結びつきを重視した結果だ。
まあそれでも、父がいるかを気に入っているのは、その後の態度を見ていればわかるが・・・
「つめの捜査はこれからだが、今日はもう遅いからお前達は帰った方がいいな。若いやつに送らせるよ」
「すいません、佐伯さんも無理をしないように。調書だって書かなきゃいけないんでしょ?」
「あははは、いつかのこと覚えてたのか? まあ、それも仕事だからな、仕方ないさ。じゃあ気をつけて帰れよ」
佐伯はそう言って、また取調べ室へと戻っていった。