じんさま作






告白







放課後、2学期の中間テストを控え、今日から部活動は休みに入る。

いるかは春海と一緒に帰るべく、2組の教室へ足を向けた。
1組のホームルームが長引いたためか、2組の教室はもうがらんとしている。
そんななか、ただ一人、背面黒板に向かって作業している友人を見つけ声をかける。

「千香子ー」
「ああ、いるか。1組やっと終わったの?」

教室に残っていたのは、いるかと同じサッカー部のチームメイト、伊藤千香子であった。

「うん。先生の話が長くってさあ。千香子、何やってんの?」
「ああ、あたしクラス委員だからさ。テストの日程表書いてかなきゃなんないんだ」
「ふ〜ん。プリントして配ればいいのに」
「ウチの担任、ケチだからさー」
「あはは。・・・そうだ、春海知らない?」
「・・・山本くんなら、緑川早苗に呼び出されてどっかいったよ」
「・・・」
「彼女が山本くん狙ってんのは有名だもんねぇ。
いよいよ告白ってところかな。まあ、どうせ勝算あるんだろ、いるか?」
「勝算なんて・・・」




緑川早苗―――嫌でも聞いたことのある名前だった。
春海と同じ2組の彼女は、男子生徒の間で学習院のマドンナと噂される美人である。
おまけに、何とかいうかなり大きな会社の社長令嬢だそうで、品のある振る舞いは女生徒からも一目おかれていた。
そして・・・彼女が春海に気があることも、いるかはよく知っていた。

階段のおどり場ですれ違いざま、いるかが彼女に呼び止められ、問いただされたのはもうずいぶん前のこと。
新生徒会が発足して間もない頃だっただろうか。

―――『山本くんとはどういう関係なの?』

そう聞いてきた彼女の目は真剣そのものだった。

―――『どういうって・・・あんたに説明しなきゃいけないの?』

何と答えてよいかわからず、それだけ言って逃げ出してしまった。




「あいつは合唱部だから、たぶん音楽準備室じゃないか?」
「そう・・・ふぅー。ねえ千香子ぉ・・・まだ居る?」
「うん、もう少しいるよ。まだ半分も書きあがってないし」
「じゃあさ、もし春海がもどってきたら、あたし先帰ったって言っといてくれる?」
「いいけど・・・行ってみないの?」
「だって、あたしが行ってどうなるもんでもないじゃん」
「そりゃあ、そうだけど。じゃあせめてここで待ってれば・・・」

何となく、戻ってきた春海に会うのが怖かった。

「ううん、いい。・・・じゃ、よろしくね」
「ん、じゃーね」


―――告白かあ。
先に帰るとはいったものの、やはりちょっと気になっていた。

―――昼寝でもして帰ろうかな・・・
いるかは校門の手前で引き返し、中庭に向かった。






音楽準備室。

「・・・やっぱり、如月さんがいるから?」

午後の日差しの差し込む窓を背に、うつむいたまま、早苗がそうつぶやく。

「いや、もし彼女がいなくても、答えはおそらく同じだよ」

落ち着いた様子で、顔色一つ変えずに春海は言った。
いまにも泣き出しそうな早苗の様子を見かねて、隣にいた彼女の友人が口をはさむ。

「・・・わからないよ!・・・早苗は真剣なのよ?
なのに・・・ねえ、山本くん、あなた如月さんのこと本当に好きなの?
付き合ってるって、本当なの?」

春海は、彼女達がいるかを目の敵にしていることを知っていた。
2組の教室の前に自分を探しにきたいるかを、
怪訝そうな目で睨む彼女たちの様子を、
遠目に何度か見かけたことがあった。
自分を想うがゆえのことであったと知っても、
いるかが少なからず傷ついたであろうことを思うと、
優しい言葉が出てこなかった。

「・・・ああ、本当だよ。・・・付き合うだとか、そんな言葉じゃ片付けられない。
彼女は・・・いるかは僕にとって、誰にも代えられない、大切な存在だ」
静かな声で、しかしきっぱりと春海は答える。

「・・・もう、いいかな・・・」
「・・・」

彼女たちは黙り込んでしまった。

ガラッ。

ドアを開けると、そのまま春海は音楽準備室を後にした。



春海が教室に戻ると、千香子がまだ日程表と格闘していた。

「伊藤・・・」
「お、山本くん。どうだった?」
振り返った千香子がニヤニヤしながら尋ねる。

「何が」
「告白されてきたんでしょ?緑川に」
春海は小さくため息をつく。

「なんだよ・・・知ってたのか?」
「ちょっとそんな話してるのが聞こえたからさ」
質問には答えず、帰り支度を整えながら春海は続けた。

「・・・いるか来なかったか?」
「ああ、来たよ・・・先に帰るってさ。そう言っとけって頼まれた」
千香子は壁によりかかったまま、ちょっとバツの悪そうな顔をしている。

「・・・お前、話しただろ」
「えっ、あ、はは・・・でも!いるかには知る権利あるでしょ?・・・で、どうだったのよ?」
結果が聞きたくてしかたがないという様子の千香子を見て、春海は渋々答える。

「もちろんお断りしたよ」
「さっすが山本春海!あいつに好かれて振るなんざ、あんたくらいのもんよ。
しかし本命があのいるかってのは少々趣味が悪いけどねぇ」
さもおもしろそうに彼女が言う。

「そうか?・・・伝言、ありがとうな。じゃあ」
「ああ・・・」

学年一の美人からの告白をさらりとかわし、足早に教室を出て行く男の背中を、
千香子は呆れ顔で見送っていた。




1組の教室をのぞいてみるが、いるかの姿はない。
生徒会室も、ドアにはしっかりカギがかかっていた。
いつもなら、少々野球部の練習が長引いても、約束した日には必ず待っているのに。
近頃は帰宅時刻が合わず別々に帰る日も多い中、
今日一緒に帰るというのは、もう何日も前からの約束だった。
まだ自分がいるのを知っていて、いるかが先に帰ってしまうというのは考えにくい。

少し考えた後、春海は中庭に足を向けた。





―――春海!!
『ああ、いるか。久しぶりだな』
『う、うん。春海、元気そうだね。あれ? その指輪・・・』
『ん?ああ、彼女が選んだんだ。ちょうどよかった、紹介するよ』
『こんにちは』
『結婚したんだ、俺達』
『え?』
『じゃあな、いるか。もう行くから・・・』
『春海?ねえ、待ってよ。春海・・・は、はるう、み・・・!!』





「・・・るか。いるか!」

聞き慣れた懐かしい声。
いるかはゆっくりと目を開けた。
今さっき去って行ったかに思えた春海が、自分の顔を覗き込んでいる。

―――夢?・・・こっちが、現実?

「ったく、お前なあ。仮にも女の子だろ?
こんなところでうたた寝なんかしてたら無用心・・・いるか?!」

放心したように瞬きもせず、空を見つめていた彼女の目から、ふいに涙がこぼれる。
それは目尻から流れ落ち、音もなく、彼女の耳を、髪を濡らした。

「ど、どうしたんだよ、急に・・・何かあったのか?」

いるかは何も言わず、春海の左手を自分の小さな手にとって眼前に引き寄せると、
薬指の根元を、確かめるように親指でなぞる。
いつもとは違う、意味あり気な彼女の仕草に、春海は途惑った。

「いるか?」

いるかはすこし微笑むと、彼の手を下ろし、そしてゆっくり体を起こした。

「・・・夢みてた」
「夢? どんな?」
「ん・・・春海の夢。・・・黒髪の、ロングヘアーのすっごくきれーな女の人とね、
手つないで、行っちゃうの」

言葉にした途端、意思に反してふたたび大きな瞳が潤む。
ふうっ、と呆れたように息をついて、春海はいるかの肩に手をまわした。
自分の指を目元にあてがうと、その雫を拭ってやる。
こんな些細なことで、いつになく素直に涙を浮かべる彼女が、
不思議ではありつつも、愛しくて仕方がなかった。

「馬鹿だなあ、それはお前が勝手にみた夢の話だろう?・・・まったく妙な夢みやがって」

そう言って春海は彼女の頭を抱え込むように、自分の胸に抱き寄せた。

「夢だけど・・・本当にならないとは限らないじゃん」
「・・・ならないよ」

―――何の根拠があってそんな風に断言できるものか。
いるかは春海の腕の中から、不満気に彼の顔を見上げた。

「ホントにどうしたんだ?今日は。夢とはいえ・・・めずらしいな、お前がそんな風に妬くなんてさ」
「め、めずらしくなんかないわよ!
・・・だって・・・春海のこと好きな女の子、いっぱいいるの知ってるし・・・」

だんだん声が小さくなる。いるかは春海から視線を逸らした。
こんなふうにやきもきしている自分などらしくない。
急に気恥ずかしくなって、顔が熱くなる。

「伊藤に何か聞いたんだろ」

気にかけていたことを見透かされ、いるかは思わず春海の体を力一杯引き剥がした。
首を垂れたまま、黙って地面に生えた芝を指でもてあそぶ。
春海もまた何も言わず、微かに笑みを湛え、いるかの横顔を見ている。
沈黙に耐えかねて、いるかがおそるおそる尋ねた。

「・・・春海、告白されたんでしょう?」
「クスッ、ああ。丁寧にお断りしてきたよ」

春海は笑って、じつにあっさりとそう言い放った。
そんな春海の態度に、いるかは何故か腹が立つ。
膝をかかえて不機嫌そうにしていた。

「・・・もったいない、あんなに綺麗な子・・・」

思ってもみないことが口をついて出る。
自分で言っておきながら、チクリと胸が痛んだ。

「・・・いるか?」

今度は春海の表情が変わった。
少し怒ったような声だった。
春海はうつむいたままのいるかの頭を両手で掴むと、強引に自分のほうに向かせた。
驚いた表情のいるかの、目線の高さに合わせるように顔を近づけ、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめる。

「ちゃんと言ったろ?・・・もう少し・・・俺を信用しろ!」
「・・・!」

いるかが反論しようとした瞬間、僅かに開いた口元を、すばやく彼の唇がとらえる。

「んっ・・・」
逃れようとするが、春海はなかなか腕を緩めようとしない。

「はぁ、誰かに見られたら・・・」
やっと少し唇が離れて、真っ赤になったいるかがつぶやく。

「いいよ、見られたって。いっそもっと大きな噂にでもなればいいさ」

春海はそう言ってもう一度軽くキスをする。
そしてふたたび強く頭を抱きすくめられ、いるかは身動きが取れなくなってしまった。

「もー、春海?」
「・・・」





―――その様子は、音楽準備室の窓から外を眺めていた早苗の目に留まった。

―――春海がどれほど彼女を想っているのか、早苗を納得させるのには十分すぎる光景だった。





そして案の定、二人の姿は、帰宅途中の数人の生徒たちにも目撃され、翌朝の校内はちょっとした騒ぎとなった。
成績優秀で常に冷静な生徒会長の大胆な行動に、みな驚きを隠せない。
その穏やかでない噂の内容は、教師たちの耳にも届いたらしい。
春海は生活指導の先生に呼び出され、注意を受けたようだ。
 『生徒会長の自覚をもって・・・』―――そんな説教を受けるなど、
春海にとって初めてのことであったろう。

教室に戻ってきた春海は、それでもどこか、楽しそうだったよ、と・・・あとで千香子がいるかに耳打ちした。


(終わり)





じんの言い訳

このお話は、当初どなたかにお見せするつもりなど一切なく
私がこっそり自分のためだけにと思い、書いたものでした。
ところが、私がこれを書いたその日の夜、こちらのサイトにお邪魔してみると
偶然にも同じ「夢」をモチーフにされたお話が!!!
(水無瀬注:「彼岸花」其ノ参のコト)

不思議なこともあるものと、水無瀬さまにお知らせしたところ
「闇に葬るのはもったいない!」と
まさにもったいないお言葉をいただいて・・・
公開にいたった次第です。
水無瀬さまの素敵なレイアウトに感謝の気持ちを込めて・・・




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