カレーのルーさま作





「遅いねー、あのふたり」
「もうじき仲良く揃って走ってくるわよ」
「いるかはきっとゆでダコにみたいになってさ」
「そしたら思いっきりひやかしてやろうぜ」





もしも願いがかなうなら






「徹ーっ、どこ行ったんだあいつ」
「徹君ならさっき駅の方へ・・・、なにやらタクシーを追いかけて」

戦慄が走った。
まさか、いや、有り得る!!
頭で考えるより体が先に動いた。
「(間に合ってくれ、いるか!!)」

今日だなんて言わなかったじゃないか!

「ごめんね、ごめんね・・・」
ひたすら謝るお前。
俺からいるかの唇が離れる。
繋ぎ止めている手が、引き離される。
「いるか、好きだよ!」

離れるのは嫌だ!
でも、俺の口から出た言葉は
「東京の高校を受けるから」
また会えるから、それまで待っていてくれ。
そんな願いを込めた言葉だった。


視界ががどんどん歪む。
泣いているのか?
涙など母さんを亡くしたときに涸れたと思っていた。
でも、お前との別れへの辛さが胸を締め付け雫となって頬をつたう。


いるかも泣きながら俺の名前を何度も呼んでいた。
・・・別れの辛さは俺だけじゃないんだ・・・。

俺はしばらくの間過ぎ去った電車の軌跡を見つめていた。






TRRR・・・、TRRR・・・、TRRR・・・。

「・・・・・・はい、山本です」
「お、春海か?」
「・・・進」
「今日の水練大会いるかと一緒にドタキャンしたろ。どうしたんだ?みんな待って・・・」
「東京に帰った」
「!!」
「何も言わずに行こうとしてたんだ・・・。徹があいつの乗ったタクシー見つけて駅まで追いかけた・・・」
「・・・・・・」
「『ごめん』って何度も謝ってたよ・・・」



「・・・・・・なんかさ、いるかって風みたいなヤツだなって思うよ」
しばしの沈黙を破ったのは進だった。
「来たときなんか、嵐みたいに一段旋風を巻き起こしてさ。みんなの心、鷲掴みにして。
で、いなくなるときにはサーッって誰にも知られずに行っちまおうとする辺りいかにもって感じだ」
「・・・・・・ああ、そうだな」
いるかのヤツ、本当に誰にも東京に帰ることを言わなかったんだな。
彼女が東京に帰る事を知っていた進の今の口ぶりを聞いているとはっきりそう思える。
もし、このまま別れの言葉も言えずに東京に帰していたら、俺はどうなっていたのだろう。
喪失感と、焦燥感に駆られていたに違いない。
居た堪れず会いに行ってしまう可能性もあったかも。
そうしたからといって、俺には彼を引き戻す理由も術も持ち合わせていない。
行って問い詰めるわけでもないけれど。

だから、いるかに一言でも言える時間があってよかったと思う。
他のみんなには悪いけどな。

「2学期から寂しくなるな」
ドキッとした。
そうだ、今日のあの時がいるかに会えた最後。
明日からは何処に行ってもあいつを見つけることができないんだ。
探しても探しても。
仕方がないと分かっていても、やはり辛いな。
「・・・・・・ああ」



「・・・・!、・・・あ、あのさ春海」
「・・・なんだ?」
「俺、今ちょっと考えたんだけどさ」
「だから、なんだって・・・」
「今学期、俺たち修学旅行があるよな」
「ああ、行き先は・・・確か日光のはず・・・・・・・、!!」
「そう、日光だけじゃつまらないだろ?」
「しかし、無理がないか?」
「分からないけど、当たってみる価値はあると思うぜ」
「進・・・」
「感謝なんて必要ないぜ。この計画はいるかに文句言うために行くようなもんなんだからさ」
「・・・ああ、わかった」
「じゃあな」
「また」

静かに置いた受話器。
さっきまではそれを取るのも嫌なほど重い気持ちだったのに、今はどうだろう。
一条の光といったらおかしいか。
でも、うんと先まで待たなければいるかに会えないと思っていたのが、旨くするともっと近いうちに会える。
もしそうなれたら・・・。


信心深いというわけでもない俺が思わず神頼みしてしまってる。
こればかりは、俺の一存では決められないからな。
『修学旅行の予定、東京へ行く』なんて。
何とかなって欲しい。
いや、何とかして見せるさ。


お前に会うために・・・。



end


最初は、水無瀬様小説『BY AIR』と同様、やや哀しさの残る終わり方になるはずでした。
でも、『いるかちゃん元気です』の春海の手紙を読み返してひとつ気になることが。
「日光への修学旅行で、最後に東京にもまわることになって・・・」
まわる “ことになって”?
ということは、それまでは東京に行くことにすらなってなかったってこと?
じゃあ、そう仕向けたのは・・・。
となってこの結末を思いつきました。
まあ、気が付いたのは進ということになりましたが。

それにしてもこんな本来なら哀しいままおわるはずだったのに、急展開な明るい終わり方。
自分でも、「なんて前向きな・・・」とビックリしてます。

『為せば成る、為さねば成らぬ何事も』(by春海?)




カレーのルーさまのサイト「青春のひとかけら」3000番のカウンターを踏ませていただいてのリクエスト。
前回に引き続き、お題をお出しするような形でおねがいしてしまいました。

「欠席の理由」

いろんな場面が想像できる中
ルーさんにいただいたお話は
中三の夏、水練大会の欠席の理由でした。
う、切ない・・・と読み進めていたら
あら!
進くん、ナイス入れ知恵!
彼ららしく(悪)知恵を使って
はるばる東京までやってきたのですね!
春海、えらい!
中学生は中学生なりにできることがあるんだ!

会えて、ホントに、よかったね……

壁紙は秋になっていこうとする倉鹿、
そして風のように去っていったいるかちゃんの名残をイメージして
選ばせていただきました。

ルーさん、ありがとうございました♪
水無瀬

★HOME★