さちえさま作






酒と涙と男と女





暗闇にほんの数秒、閃光が走る。

大学二年の夏、俺達はハタチになった。







いるかがこんな時間に訪ねてくるのは珍しい。
その手には大きな袋が抱えられていた。
「…なんだよ、それ?」
玄関に立ついるかに、中に入るよう促しながら聞くと
「あ!いーの、上がんなくて。ちょっとさー付き合ってよ。」
怪訝な顔をする俺を、いるかは近くの公園につれていった。
「ヘッヘー♪」
「?」
袋を地面に置き、中身を全部取り出す。
色とりどりの花火だった。
「今日さー、大学の帰りに店頭にならんでてさー、無性にしたくなっちゃって。どっれからしようっかなぁ♪あ、これ春海して!」
有無を言わさず一本手渡された。
(子供じみたヤツだな…)
呆れたが、久しぶりにいるかに会えたし黙って従うことにした。

何年ぶりかの花火は、あのころに比べると呆っ気ないような気がした。
子供の頃はあんなに綺麗なものはないと思えたのに。
「はい、春海の分。」
良く冷えた缶ビールを渡された。
酒はそれ程好きではないが飲める。
大学の友人たちと飲みに行くと量はいくのだが、顔に出ない質らしい。
いるかはと言うと、春海は苦笑した。
まだ一本も空けてないくせに耳まで赤くなっている。
「外で飲むとおいしいねー!花火は綺麗だし、春海はやさしーし!」
…早くもロレツが回っていない。
手に持つ花火が無くなると、二人は打ち上げ花火を始めた。
火を着ける春海。
キャーキャーと歓声をあげるいるか。
始めは呆っ気ないと思ったが、いるかが表情を替える度に、鮮やかな少年の頃にみた花火を思い出していく。
いつしか春海もいるかと歓声を上げていた。



「あーあ、やっぱ最後に残るのはこれかぁ…」
線香花火の束を目の前でヒラヒラさせながらいるかが言った。
その手には三本目の缶がある。
「そんなこと言わないでやろうぜ。…それよりお前大丈夫か?」
かなりアルコールが回ってるらしく、いるかの目は潤んでいて花火に火をつけるのもおぼつかない。
「弱いくせにそんなに飲むから…」少しきつく言ってみたが、聞いているのかいないのか返事をしない。
最後の一本が終わった。
しばらくの沈黙の後、春海は立ち上がった。
しかしいるかは動かない。
「…いるか?」
「…んぶ。」
「え?」
「フラフラして歩けない。春海、おんぶして。」
…今日、呆れのため息をつくのは何度目だろう…
春海はいとも軽そうにいるかを背負った。
「…で、このままいるか様をご自宅まで背負えと?」
「いやなの?」
当たり前のように聞くいるかを、春海は少しいじめたくなった。
酔っぱらいだとは分かっているのだが…
「もちろん…イヤだね。」
背中でいるかが不満の声を上げる。

「えーっ!だって歩けないよぅ!…じゃあ、今日泊めて。」
「…は?」


―――いまのはそら耳だろうか?
いるかがそんなこというはずがない―――

「ねぇ、泊めてくれるの、くれないの?」

春海は頭の中で一瞬にいろんな事を考えた
数秒黙った後、
「…いいよ。泊まってけよ。」
「……」
「…いるか?」
返ってきた返事は規則正しいいるかの寝息。
「はぁ〜…」
春海は初めて酒に酔えない自分を恨んだ。


終わり


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