桜のころ
倉鹿修学院校門そば
桜のころ。
いつものように鹿鳴会役員による遅刻者検査が行われている。
「学院長が遅刻してどうするんですかっ!
朝礼の挨拶はもう副院長が済ませてしまいましたよ!」
「うるさいっ!いいから通してよっ。
これでもあんたのおべんと作ったりといろいろ忙しいんだからねっ
ったくあんたのそんなところ、春海にそっくり!」
「おかあさんっ」
今日は東京から一人転入生かくる予定なのだが、まだ来ない。
心配した副院長―山本春海は校門そばまで迎えに行ってみる。
彼は倉鹿市で弁護士事務所を開いていて
週に何度か修学院の副院長として経理や事務を見ている。
鹿鳴会会長と学院長の二人がなにやらもめている。
いつものことなので適当に引き離し、副院長は転入生がまだ来ない旨を伝える。
1時限目がまもなく始まろうとするそのとき
遠くから猛スピードで走ってくる女の子がいる。
かつてのいるかを思わせるほど俊足で一気に石段を駆け上がり、
遅刻者の誰何を軽くかわしたものの、
そろそろ引き上げようとしていた鹿鳴会会長山本暁胤(あきつぐ)にぶつかる。
「誰だこいつはっ!」
副院長の説明で転入生とわかる。
院長室
院長と副院長と転入生
転入生は二年雪組、担任は国語兼女子剣道部顧問の一色湊先生と決まった。
東京では両親ももてあますほどの問題児―けれどその目はどこか澄んで美しい。
いるかと春海
自分たちの出会いを思い出さずにはいられない。
そして例の転入生と自分たちの息子のことも。
すでに彼らは次の世代の恋を見守る年齢になっていた。
院長室のまどから校庭の桜を見下ろす二人。
春海はいるかの肩に手をまわす。
いるかは春海を見上げてにっこりと微笑む。
数年前に如月上野介はあっさりとこの世を去り、
空席になった院長の座にまだ30そこそこのいるかがつくことになった。
いるかは夫である春海を副院長として迎えるなら、という条件付で
院長の仕事を引き受けることとなる。
彼らが倉鹿に戻ってきて数年。
彼らの一人息子、山本暁胤は倉鹿修学院に入学し、
一年のときにその父がしたように鹿鳴会会長の座に着いた。
日向湊は一色一馬と結婚し、今は修学院で国語を教えている。
出雲谷銀子は長門兵衛と結婚し同じく体育の教師をしていた。
太宰進は倉鹿市で開業していたが嘱託医といて時折修学院にもやってくる。
妻である博美は看護婦をやっている。
一色一馬と長門兵衛はともに県警に勤め、
毎年警察主催の柔道、剣道それぞれの大会で優秀な成績をおさめていた。
長門兵衛は学生時代ソウル、バルセロナ両オリンピックに出場し
メダルも獲得している。
かつての仲間たちはそれぞれに自分の道を歩み、
別れては出会いを繰り返し、今また倉鹿の地に戻ってきていた。
倉鹿の街はそんな彼らを見守るようにかわらぬたたずまいを見せている。
彼らが出会ってから、何度目かの桜が咲いている。
これから始まる新たな出会いを予感させるように。