お題 3.一言


summer snow



それは

進にとって



一年遅れの返事だった。






優勝こそしたものの
里見学習院の選手たちは散々だった。

無事なのはトップを走った三田村陸上部長、
そしてアンカーを勤めた如月いるかの二人のみ。
残りはことごとく睡眠薬を盛られ、今は病院で眠っている。

東条巧巳は薬を飲まされた上全身に打撲、裂傷と
立っているのが不思議な状態だった。
山本春海も同様で出血こそ少ないものの
大事をとって検査のため入院となった。

如月学院長の肝いりで
バスを仕立てて東京まで応援に来ていた修学院の生徒たちは
泊まる予定ではなかったらしく
駅伝が終わると早々に帰っていった。

いるかは彼らとの別れを惜しむ間もほとんどなかった。

「―――いるか。」

懐かしい声に振りかえると
そこには進がいた。




「一年ぶり?」
「何言ってんだよ、一度おれたち東京に来ただろ。」
「あ、そっか、修学旅行のときに会ってるよね。……ってほんのちょっとじゃん。」
「そうだよな。おまえとこんなふうに並んで歩くのは一年ぶりか。」

病院の面会時間は終わり
さほど重症でないとはいえ痛々しい姿の春海に心を残しつつ
いるかは家に帰ろうとしていた。



一年前―――

足早に去ろうとする季節に重苦しく切なかった日々。
毎日のように一緒に学校へ行き
一緒に帰った。



「進、背、伸びた?」

軽く見上げるようにしているかが言った。

「ああ、すこしは。お前は…いや、お前も少し伸びたみたいだな。」
「うんっ!もうじき150!」
「そだちざかりか。」
「えへへ、まあねっ!」

からからと笑う表情は以前とちっとも変わらない。
こうして並んで歩くと、一年前に戻ったような気さえする。



駅伝を見に来ていた人もとっくに引き上げて、
駅へ向かう道は人影も少なかった。
海沿いの歩道は祭りの後といった雰囲気で
案内のたて看板がわびしげに取り残されていた。

「一馬たちは?」
「あいつらは帰ったよ。おれは二三日東京でぶらぶらしようと思ってたから。」
「そっか。なんかうれしいな。みんなあわただしく帰っていっちゃったんだもん。」
「こら、倉鹿からわざわざやってきたんだぞ。その言い方はないだろ。」
「あっ……そーか。そーだよね、あたしってば……ゴメン。」
「……なんにせよ、間に合ってよかったぜ。
ま、春海と……東条巧巳っていったっけ?そいつはちょっと気の毒だったがな。
あいつらタフそうだから平気だろ。」
「うん……」
「なんだよ、心配か?」
「ウン。」
「大丈夫だよ。春海は鍛えてるしさ、怪我も見た目ほどひどくなさそうだから。
脳波とか正常だったら明日明後日にも退院してくるさ。」
「うん……だといいな。」

いるかはそうはいってもまだ心配そうだった。

「そういえば……おまえ春海が死ぬって思ったんだって?」
「……誰に聞いたの。」
「一馬たち。やつら先にゴール地点まで車できてたからさ。」
「……」
「詳しくは聞いてないけど。」
「……」



あたし、春海が世界で一番好き。




それは
ついに答えをもらわなかった告白の

一年遅れの返事。


柔らかな棘で刺されたような痛みに
彼は知った。

一年は、彼が思っていたほど長い時間ではなかったことを。

恋が友情に変わるのに十分なほど
長くはなかったのだということを。




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