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海と空とみんなと B





「で、どうだったんだよ。」
テトラポットによじ登って、巧巳が出し抜けに聞いた。
「・・・どうって?」
「決まってんだろ。
人がせっかく気を利かせてやったってのにその言い方はねーだろー。」
「・・・別に・・・これといって・・」
「おいおい、マジかよ?」
「・・・悪かったな。」
「これでも気にしてやってんだぜ。・・・いちお、センパイだし。」
「なんだよ、今日は年上だのセンパイだのって。
いつもは言うなって言うくせにさ。」
「まあ・・・な。そっちの先輩じゃないよ。あっちのほうさ。」
「・・・・・・・・」
「・・・相談なら乗るぜ?」
「・・・・・・いい・・・」

春海は浜辺のいるかへ目を遣る。
いるかは気づいて立ち上がり、おおきく手を振ってきた。
春海と巧巳もつられて手を振り返す。

「・・・あいつって、あんないいカラダしてたっけ?」
「たっ・・・・巧巳!」
「・・冗談だって。でもなんか意外だったよな。
球技大会とか駅伝とかでタンクトップと短パンみたいなカッコは
見慣れてるはずなのにさ。
やっぱ、水着って違うよな---・・・。
・・・おまえもそう思ってるんだろ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・うん・・・」
「ま、がんばれよ。」

巧巳はそういい残して再び海に飛び込んだ。
 
「正美ちゃん、だいぶ上手になったんだよ。」
「うん。もう一人で泳げるの。」
「もう?はやいね。正美ちゃん、さすがは東条巧巳の妹だね。」
「うんっ!」
正美はいるかの腕にぶら下がるように甘えてみせる。
日が翳り始めて海から涼しい風が吹いてきた。
 
「お帰りなさいませ。海はいかがでした?」

別荘の管理を任されているという中年の夫婦が笑顔で出迎えてくれた。
「ただいま〜。あーたのしかったぁ。」
「みなさんすぐお風呂になさいますか?」
「うん。体が塩だらけだもん。
正美ちゃんとあたしは別棟のバスを使うから・・・
春海たちは母屋のを使って。」
「わかった。」
「じゃ、またあとでね。・・・あっ」
「なんだ?」
「ね、おばちゃん今日のお夕飯なに?もうおなかぺこぺこ!」
「はいはい、今夜はね、ご馳走ですよ。
ソーキとゴーヤチャンプルーと海ぶどうにミミガー。それに
さっき取ったばかりの伊勢海老をお刺身とお汁にしようと思って。」
「・・・伊勢海老しかわかんない・・・」
正美が不安そうに言う。
「だいじょーぶだよ!
沖縄のお料理ってとってもおいしくって身体にいいんだから!」
いるかはそういって正美と連れ立って別棟へ消えた。
 


「正美ちゃん、ちょっと。」
お風呂から上がって、まだバスローブ姿のいるかが正美を呼ぶ。
「なに?お姉ちゃん。」
「これ、着てみない?」
いるかが手にしているのは子供用の紅型(びんがた)の浴衣だった。
「きれい・・・」
正美は思わず手にとってみる。
欝金(うこん)の鮮やかな黄色に水色、赤の濃い色が唐草模様のように全体に入っている。
「あたしが小学生のとき着てたんだけど、さすがに今じゃ着れないから。
正美ちゃんなら丈もぴったりじゃないかな。着てみない?」
「うん!」
 


「みてみて!いるかちゃんに着せてもらったの――!」
母屋でくつろいでいた三人のところに正美が走ってきた。
「正美、おまえそんなに走ったらダメじゃないか。」
「もう平気なんだもん。お兄ちゃんたら心配しすぎだよ。
それより、みてみて!きれいでしょう?似合う?」
正美は嬉しそうに袖をもってくるりと一周してみせた。
さらさらしたおかっぱの黒髪がゆれて、色の白い正美は紅型のはっきりした色合いも柄もよく似合っていた。
「紅型だね。」
春海が言う。
「そう!確かいるかちゃんそんなふうに言ってた。
春海おにいちゃん、よく知ってるね。」
「母親がよく着物を着てたからね。やっぱりそんな柄だったな。」
「・・・お母さんが?」
徹がきく。
「ああ・・・おまえは小さかったからあまり覚えてないだろうな・・・」 
「うん・・・・・・・正美ちゃん、すごく似合ってる。お人形みたいだよ。」
「ほんと?ありがとう。」
「・・・いるかは?」
「お姉ちゃんは今着替えてるとこ・・・私の着付けを先にやってくれたから。」
そして、正美は春海の耳元に近づいて小声で加えた。
「・・・すごくキレイよ。」
春海は少し赤くなった。
 


「あ--おなかすいちゃったぁ。」

しばらくしているかも母屋にやってきた。
湯上りの髪を軽くアップにして、透けそうに薄い生成りの布の、
ところどころ草色の細い縦縞が入った着物に着替えていた。
「・・・芭蕉布(ばしょうふ)っていうんだって。」
正美が皆に説明するように言う。
「ん?これのこと?
さー、ごはんだごはんだ。食べにいこ!・・・みんなどうかしたの?」
「い、いや、なんでも・・・」
巧巳があわてて目をそらす。
「?」
「いるかちゃん・・・」
「・・なに?徹くん。」
「・・・すごく似合ってる。」
「・・・なーに言ってんのよっ。
いつかはぜんぜんにあわないとか言ってたくせにっ。」
「あ、あれは・・・」
徹は口ごもる。
「・・・行くぞ。」
春海が立ち上がり、みなはそれにつられて食事の待つ部屋へ行った。
 


 食事は大皿に盛られて各自が好きなだけ取り分けて食べるというスタイルだった。一番食べたのがいるかであることは間違いないが、正美もとてもよく食べ た。
「正美ちゃん、けっこう食べるねー」
「うん。泳いだらおなかすいちゃって。
それに、沖縄のお料理ってとってもおいしいんだね。
正美、初めて食べた。」
「でしょー?
このソーキ、すっごくやわらかくって味がしみてておいしいよねー
もうすこし食べる?」
「うん!」
「正美、こっちの刺身も少し残ってんぞ。」
「お汁、おかわりする?」
皆がかわるがわる正美に料理を勧める。
いるかも元気そうに食べる正美を見て満足そうに微笑んでいる。
 


 皆に大満足だった夕食が終わり、
風のよく通る部屋で5人は涼んでいた。
テレビもなく、余計な明かりもなく、ただただ風が吹き、波の音がして、草むらがざわめき、花々が香り・・・
東京の喧騒がうそのような時間が過ぎる。
ふと巧巳が壁にかけてあった琉球三味線に目を留めた。

「・・・これは?」

巧巳がいるかに聞く。

「こっちの三味線なんだって。
ニシキヘビの皮らしいよ。」
「・・・なんかかっこいいな。」
そういって巧巳は三味線を手に取る。
「・・・巧巳、ひけんの?」
「まさか。ギターと違って三本だしな・・・」

そういいつつも構えて水牛の角だという撥で少しはじいて音を出してみる。
旋律にはならなくても弦の震える音には深みがあり心地よい。
 巧巳はしばらくかき鳴らして、どうやら音をつかんだらしい。
節らしいものがあらわれてきた。

「すごいじゃん、巧巳。何か弾いてよ。」
「弾くったって・・・まだそこまでは・・・」
「こっちの歌で、わりと有名なのがあったろ。
確かほうせんかの花(ティンサグヌハナ)とか・・・」
「そうそう、そんなのあったね。」
「うーん・・・こんなんだっけ?」

巧巳はさわりをかき鳴らしてみる。

「正美、その歌知ってる。学校で習ったもん!」
「うん。先学期だよね。音楽の時間に習ったよ。」

巧巳は音を手探りするようにしながら、しだいにちゃんとしたメロディーを
爪弾けるようになっていった。

「さすがだな、軽音部。」

春海も感心していう。

「それを言うなよ・・いるか、おまえ歌え。」
「え、あたしぃ?」
「おまえがめったに軽音に顔を出さないって晶が嘆いてたぞ。」
「そりゃー・・・」
「え、いるかちゃん歌うまいの?」
「うまくないっ」
「うまいよ」
「はずさなきゃな。」

三人同時に返事をしてしまい、一瞬あと、全員で吹きだした。

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