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海と空とみんなと C


「・・・そろそろ寝るか。」
「そーだね・・・もう月もだいぶ昇ったし・・・」
「・・・いいな、こういうの。」
「え?」
「いや、月の昇り具合で時間がわかるっていうのがさ。」
縁側の柱に寄りかかり、なにを弾くともなく琉球三味線をかき鳴らしていた巧巳が言った。
「そーいや巧巳と正美ちゃんはずっと東京だもんね。」
「・・・二人は?」
「寝てるよ。さすがに疲れたんだろ。」
「長旅だった上、あんなに泳いだんだもんね。」
「うん・・・それにしても、だいぶ元気になったんじゃないか?正美ちゃん。」
「そうだな。・・・ほんとにそう思うよ。おまえらのおかげだよ。
おまえと、いるかと・・・・そこで寝てるやつと。」
「巧巳・・・・・・・」
「・・・じゃ、またあしたな。」
「おやすみ」
「おやすみ」
あとにはいるかと春海が残された。
 
「・・・あたしもそろそろ寝よっかな。」
「・・疲れた?」
「ううん・・・そんなこともないけど。」
「じゃ・・・しばらくその辺でも歩かないか?」
「うん・・・そうだね。月もきれいだし。」
いるかは着物の裾をそっと押さえるようにして爪先からすっと立ちあがる。
立ち居振る舞いがまるで普段と違う・・・
当たり前のことなのか、いるかはそのことに気づいてもいないようだった。
生成り地の落ち着いた色合い、すっきりと大人っぽい柄が普段の格好とまるで違う印象を与えていた。
花火大会の折などに街で見かける派手派手しい浴衣とは違い、この景色の中に溶け込むような質の布と柄。
正美がすごくきれいといったのは誇張ではなくて、以前母の形見の浴衣を着ていたときも思ったが、いるかは着物を着るとずっと落ち着いて大人っぽく見える。
いつもころころとよく変わる表情がふっと止まるとき、大きな瞳がふと節目がちになるとき、後れ毛が風に揺れるとき、春海の胸はほんの少しだけ痛む。
そばにいるつもりなのに、何か大事なことを見落としているのではないかと少し不安になる。
彼女はそんな春海の思いには気付かずに、すこし不思議そうに見つめ返す。
まったく、おまえには何年たっても驚かされることばかりだよと、心の中で返事をする。
 
 月はちょうど海を照らし、さざ波の上に光の道を作っている。
「なんて・・・キレイ・・・」
いるかは思わず声に出す。
街頭の明かりもネオンの明かりも何もないのに、お互いの顔がはっきりわかるほどの明るさだった。
二人の足は自然浜辺に向かう。
「あぶないぞ・・・」
「うん・・・えっ」
いるかは春海に抱えられていた。
「うわっ!やめてよ――っ!」
いるかは春海の首に両腕を回してしっかりしがみついた。
「え?」
てっきり暴れられるものと構えていた春海はかえって驚いた。
「い・・・いるか?」
「・・・もう投げ込まないでよね・・」
「え?あ、ああ、昼間の?しないよ、もう。」
「絶対?」
「もちろん。だってあれは・・」
「あれは?」
「その・・・・ゴメン。」
「・・・春海ってば・・変なの。」
「いや、ここは暗いしかなり足場がわるいから・・・」
「さっきも歩いたじゃん?」
「だって今はほら・・・動きにくい格好だろ?ここは下りだし・・・
平地でもよく転ぶんだから、おまえは。」
「あははっ、そーだよねー・・・そういうことかぁ。」
浜辺について、春海はいるかをおろした。
庭よりもいっそう風が心地よい。
  波打ち際までいるかは歩いてく。
月明かりが、朧な逆光になっているかのシルエットを照らし出す。
袖をすかして、腕が、影になって透けて見える。
 
「・・・なんか不思議だね・・・」
いるかが言った。
「・・え?」
「春海、なんかぼーっとしてない?眠いの?」
「いや、そんなことはないよ。」
「・・・結構暑いし湿気もあるし、なのにすごく気持ちいいなんて。
このままずーっと寝ないでここにいたいような気分・・・。」
「・・・そうだな・・・」
「ねえ、夜って泳げないのかな?」
「え、夜に?」
「うん。だってさ、月があんなにきれいじゃん?
昼間と違ってまた楽しいんじゃないかなーって思ってさ。」
「・・・なるほどな・・・」
「もっとも海の中は真っ暗でなんも見えないだろーし、どうかなぁ・・・」
「・・・泳いでみるか?」
「え、今?」
「バカ、今なわけないだろ。あしたの夜だよ。」
「・・・うん!そーだね!やってみよっか、明日。
・・・でも徹くんと正美ちゃんは誘えないよね。あぶないかもしれないもん。」
「そーだなー・・・徹はともかく、正美ちゃんはダメだろ。
一人置いとくわけにもいかないしな。」
「小さい子だけにして置いとくわけにもいかないよ。
やっぱり無理だね。」
「・・・二人で来ないか?今夜みたく、みんなが寝たころにさ。」
「・・・」
「・・・なんだ?」
「・・・いーけど・・・巧巳は?」
「誘ってもいいけど、たぶんあいつは来ないよ。」
「・・・?」
「んー・・・・・・ほら、あいつさ、正美ちゃんのことまだ心配みたいだから。」
「そうだよねぇ。ま、一応いってみてよ。」
「ああ。」
 
「・・・ふわ----あぁ・・・」
いるかが大きなあくびをした。
「・・・ずっと起きていたいのになぁ、やっぱ眠くなっちゃった。
そろそろ家に戻らない?」
「そうだな。・・・運んでってやろうか?」
「いっ・・いいよっ!もうコドモじゃないんだからっ。」
「ははは・・・・・じゃ」
春海はいるかに手を差し出した。
「?」
「おまえは明るいところでもよく転ぶからな」
「そっそんなことっ・・」
「いいから、手を出せよ。ただでさえこの辺は歩きにくいだろ。」
「・・・ん」
 
いるかは差し出された右手にそっと左手を重ねた。
 
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