さちえさま作
てっぺんまでもうすぐ
幾分くたびれた赤い服をきたサンタが子供達に風船をくばっている。微かに潮の香りがする遊園地。
目を輝かせはしゃぐ子供達、寒い中連れ回され疲れ加減の大人達。 冬休みに入ってから毎日見られる光景の中に、今日は恋人達の姿が多い。
今日はクリスマス・イブ。
日が暮れ始め巨大なクリスマスツリーに明かりが灯もった。
「わーっ!すっごくでっかい!立てんの大変だったろーねぇ。」
小柄ないるかはそのツリーを反り返るようにして見上げる。
春海が知り合いからチケットを貰ったというので二人はここに来ていた。
遊園地なんて子供の時以来だ。少し寒いけどなんかすっごくワクワクする。
はしゃぎまくるいるかは、苦笑する春海を半ば引きずるように次々とアトラクションに楽しんでいた。
「あーっ、なんかオナカ空いちゃった。なんか食べようよ、春海!」
言うや否や、春海の返事も待たずに手を引っ張ってゆく。
(まったく…イブだって言うのに遊ぶ事と食う事しかあたまにないのかよ…)
そんなことを思いながら、それでも黙って春海はついていった。
軽く二人前の食事を食べたいるかは、さらにデザートを注文するべくメニューと格闘している。
そんな様子をコーヒーを飲みながら見ていた春海が言った。
「そういえばこの遊園地の観覧車、世界で二番目に大きいんだってさ。後で乗らないか?」
「へぇ。ん、いいよ。…あ!おねぇさーん。デザート追加!チョコレートパフェとプリンアラモードと、それからバニラアイスね!…春海は?」
聞いただけで胸ヤケがした春海は一言「…いい。」と答えた。
さすがに観覧車の乗り場は混んでいた。
その上、日はとうに暮れ夜の闇が広がる時間帯に並んでいた大半がカップルであった。
いるかはその甘い雰囲気に圧倒され無口になっていた。
20分ほど並ぶと、二人の番になった。戻ってきた観覧車に係りの指示にしたがって乗り込む。
二人を乗せたゴンドラはゆっくりと曲線を描き、夜に吸い込まれていく。
遊園地のイルミネーションの向こうに海が見えた。
その上には光に彩られたアーチ状の橋が掛かっている。
少し曇った窓ガラスに、霞み掛かった夜の風景をふたりは無言で見ていた。
ふといるかは、この状況に二人きりだと言うことに気恥ずかしさを感じた。
思わず腰を浮かし少し距離を空ける。
そんないるかの様子に気付いた春海が
「どうした?」
と顔をのぞき込む。
「なっ、なんでもないよっ!…やっぱり結構高いんだねー。」
ごまかすかのように下を向くいるかをからかうように
「なんだよ。怖いのか?」と春海が言った。
「こっ怖くなんか無いよっ!高いとこなんか平気だよっ!」
ムキになるいるかの様子に春海はいたずらっぽく笑う。
「いや、怖いってのは高い所って意味じゃなくて…」
「?」
「こんな狭いとこで逃げ場もないし、俺とふたりきりで怖いのかなーって…」
「!!!」
真っ赤になったいるかを見た春海はたまらず笑いだした。
「こっ!このおーっ!」
つかみ掛かってくるいるかを春海はあわてて押さえた。
もうすぐ一番高い場所だ。
いるかは怒っているのか春海の反対を向いて口を聞かない。
「ごめん。つい…」なんど謝ってもいるかの顔はこちらを向かない。
春海はあきらめたように窓の外を見た。
と、次の瞬間。
いるかの腕をつかみ、引き寄せた。
「はっ、春海!」突然抱きしめられ驚くいるか。
「…やっと…口聞いてくれた…」
いるかの髪に顔を埋めながら春海が言った。
「からかって…ごめん。」
「わっ、分かったから!もう怒ってないから!離してよっ!」
「……いやだ。」
駄々をこねる子供のように春海は離そうとしない。
あまりにきつい腕の力にいるかの息は止まりそうになる。
「春海…お願い…少し苦しい…」
本当に小さく、頼りない声でやっと言うと少し腕が緩んだ。
少し息を吐くと春海の顔をみた。
涼しげだが力のこもる目に、いつも望む言葉を伝えてくれる唇に、目が離せない。
少しづつ近づいて、春海の甘い息がかかるほどに近づいて。
キスをする瞬間はいつも慣れない。
「好き」という気持ち、「愛しい」という切なさ。
どうすれば伝わるの?何度目のキスで分かるの?
…もどかしい…
こんなにもあたしの心は春海で埋め尽くされてるって伝えられたら…
観覧車は頂上まで来ていた。
ふたりは知らないが、この観覧車が一番高い場所になった瞬間にキスをすると、そのカップルは永遠に結ばれる、と言うジンクスがある。
今まで何組のカップルがキスを交わしたのだろう。
望むべきはそのすべてのカップルに幸福が訪れますように。
メリークリスマス
おわり
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