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「ちょっと・・・」 「何?・・・あの人・・・」 「・・・なんか怪しくない?」 「じろじろ見てる・・・・」 里見学習院の校門前、帰宅する生徒たちの口からこんな言葉がささやかれていた。 赤紫色のロードスターを背に、男は一枚のポラロイド写真を持っている。 校門から出てくる女生徒を見つけてはじろじろと眺めまわし、ふーっとため息をつく。 「・・・ったくこんなポラ一枚で探すなんて・・・」 男の手元のポラロイド写真はモデルエージェントの速水から渡されたものである。 大きな目が印象的な、一人の少女が写っている。 少女、というべきか女性というべきか。 年のころは16・7。 陶器のようになめらかな肌をして、ふっくらとつややかな唇が愛らしく、 子供のような大人のようなあやうさをもち、目の輝きが非常に魅力的な、 そんな花嫁が写っていた。 紫星堂広報宣伝部。 国内最大手の化粧品メーカーである紫星堂は、来年の春のキャンペーンに向けての最終決定会議に入っていた。 カメラマンは決まった。 CMの脚本もできた。 監督も決まった。 キャッチコピーも決まった。 だが。 モデルだけが決まらなかった。 エージェントがどんなモデルを選んできても、カメラマンがうんと言わないのだ。 「西園寺さん、そろそろ決めてくださらないと、どんどん期限が迫ってるんですよー」 担当は半泣きである。 「そんなこと知るか。俺は自分のイメージどおりの子じゃないと撮る気にならん。 無理に撮ったっていいものができるわけがない。」 「そんなこといったって、西園寺さんの注文が具体的過ぎて難しすぎるんですよぉ」 「お前らも仕事でやってるんならそのくらい何とかしろよ。 俺はあの脚本を読んでピンと来たんだ。 17歳前後で、開ききっていない、まさに今開こうとしている美しさを持ち、無垢で純真で、だが恋の味も知って、恥じらいやためらいを内に秘めて、飼いならされない野生のカンの鋭さと敏捷さを持ち、獣のごとく研ぎ澄まされた四肢を持つ・・・ そして、処女じゃなきゃだめだ!」 「・・・そんなこと、わかりませんよ・・・」 担当社員は赤面して困りきっている。 しかしここで機嫌を損じてはいけない。 何しろ彼は社長の肝いりでわざわざ頼んだ大物なのだ。 まだ三十になるかならないかで国内外の主要な賞を掻っ攫った、この業界で知らぬもののないカメラマンなのである。 「俺は、わかる。 こんなモデル事務所に属しているような子は大体だめだ。 美というのはだな、早く咲けばそれだけはやく色あせるものなんだ。 ゆっくり咲く花ほど美しい・・・わかるか? 大体自分がきれいだなんて思ってて自信たっぷりだったらこのキャンペーンのイメージと合わん。 自分の可能性にまだ気づいていない状態、それが理想なんだ。」 (・・・ったくアーティストのいうことは大げさでわけがわからん・・・) 「・・・じゃあ、素人さんを探すとか?」 「今からか?間に合うのか?」 「・・・じゃあ、どうすれば・・・あっそうだ!」 「なんだ、どうした。」 「速水さん。ご存知でしょう、エージェントの。 彼女、最近素人モデルを捕まえて、成功したらいいですよ。」 「じゃ、はやいとこ連絡をとってみてくれ。日がないんだろ?」 「はっはい!すぐに!」 「西園寺さん、私は何も素人を探すのが専門ってわけじゃないんですけど・・・」 「まあ、そういうな。なにしろ紫星堂のキャンペーンだ。 あんたにしても、腕の見せ所だろ?」 「ええ・・・そりゃ・・・まあ。」 「で、さっき言ったようなイメージのコを探してほしいんだ。」 「おっしゃるような子は・・・私の知ってるモデルにはちょっと・・・でも。」 速水はかばんから一枚のポラロイドを取り出す。 「手許に残っているのはこの写真だけですが、この子がこの間捕まえた素人モデルです。 おっしゃるイメージにぴったりなのは、このコしかいないと思いますわ。」 そういって速水は西園寺にいるかの写っているポラロイドを渡した。 「・・・この子だ!」 「西園寺さん、本当ですか!!!!」 「間違いない!この子だ!まさにイメージどおり・・・」 西園寺は惚れ惚れとポラロイドを見つめる。 「間違いない、処女だな。」 「・・・西園寺さぁん・・・それは・・・」 「速水、早速この子に連絡をとってくれ。明日にでも撮影の打ち合わせをしよう。」 「それが・・・」 「ん?どうした?」 「実は、私この子の名前、覚えてなくって・・・」 「ええ??」 「なんだって―――!!!」 「確か、変った名前で、動物か何かの・・・。」 「おい、手がかりはそれだけか?」 「いいえ、確か・・・あの子は里見学習院の制服を着ていました。 だから里見の生徒には間違いないと思います。」 「それだけじゃ・・・わかりっこないですよ・・・」 「私も悔やんでるんです。あの広告の反応がすごくよかったものだから、 時々問い合わせが来るんですよ・・・一緒に撮った男の子もすごくハンサムでしたし。 そういえばあの二人付き合ってたみたいでしたわ・・・」 「何、男がいるのか?」 「・・・西園寺さんってば・・・」 「まあ・・・そうだと思いますがなにぶん記憶があやふやで。 何しろあの時は急遽モデルの代役を探さなきゃいけなくって、私パニックでしたから。」 「・・・・・・・・・・」 「・・・西園寺さん?」 「・・・かせっ、そのポラ!俺が自分で探してくる!」 そういって西園寺は担当と速水が唖然と見守る中、会議室をあとに走りだした。 時刻はもう6時をまわっている。 出てくる生徒をひとりも見逃すまいと、西園寺はもう三時間も校門そばにたたずんでいた。 だが見比べてはため息をつき、の繰り返しだった。 「・・・でね、よかったら今日ちょっと代数教えてくれない? 授業中つい寝ちゃって・・・気がついたらわけがわからなくちゃってたんだ。」 「ああ、いいよ。もう遅いし、飯も食ってけば?」 「ほんと?藍おばさんの作るものって何でもおいしいもんねぇ。うれしー!!」 「おまえ、勉強しに来るんじゃなかったのか?」 「へへへ・・・まあ、そうだけ・・・」 いきなりいるかは後ろから肩をつかまれた。 「見つけた!!」 「・・・はぁ?」 「きみだ!この写真の主、俺にぜひきみを撮らせてくれ!!!!」 「・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・」 「あの・・・あんただれ?」 「何の用だ」 いるかの肩をつかんでいる手を春海が引き剥がす。 西園寺は春海の握力にちょっと驚いたようだが、 「悪かったな、つい興奮して・・・ 私は西園寺銕之丞。カメラマンだ。 来春の紫星堂のポスターを頼まれているんだが、 あなたにそのモデルをお願いしたい。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 いるかと春海は、あまりのことにしばらくお互いの顔を見つめあっていた。 |