さちえさま作 |
雪の花 |
どんよりとした空の色を忘れさせようとするかのように、クリスマスカ ラーのディスプレィで埋め尽くされる12月。 恋人たちの心もその日を待ち、足取りも軽い。 …が、例外のカップルがここに一組。 いや、少なくとも彼女の心は、空模様と比例して暗雲立ちこめるといった状態だ。 なぜなら、期末テストで赤点を取ってしまったから。 彼女の通う高校は全国でも屈指の進学校。 その上、所属するサッカー部でも成績の上でも、良き(?)ライ バルといえる親友ですら、ギリギリといえども赤点は無かったのだ。 本来なら及第点を取った者には補習授業が待っている。 ところが今回の該当者は、彼女ひと り。 これには本人も、教師たちも、頭をかかえた。 その暗い雰囲気を一蹴する一言。 『僕が勉強をみます。』 発言者は、学習院始まって以来の秀才であり、生徒会長の、山本春海。 内心、『彼女ひとりの為に、長期休業をつぶされるのは、まっぴらだ』と思っていた教師たちは「う〜む…」と言いつつ、二つ返事で承知した。 とは言え、『課題』という一足早い、クリスマスプレゼントを、愛情たっぷりに付けてではあるが… 「あーもう、何でこんなにいっぱいあるんだよぅ!」 図書館からの帰り道、いるかは手にしたバックを振り回しながらぼやいた。 「こらっ、振り回すな。ぶつか るっ。」 あやうくぶつけられそうになり、春海はひょいっとよけた。 「しかたないだろう。補習の代わりなんだから。」 「う"ーっ。」 春海の言うことは正論で 返す言葉が無い。 休みに入ってからのほとんどを、二人は一緒に過ごしていた。 …と言えば、ほほえましいが、いるかの山のような課題を消化するためである。 さすがの春海も、物覚えの良いとはいえないいるかに、いささか呆れ加減だ。 (とはいえ、自分が『みる』と言ったのだから…)と、ため息をついた。 いるかは というと、連日の勉強でかなりストレスが溜まっていた。 自然と二人の間の空気も重くなる。 ふと、春海が「…明日、どこかへ出かけようか?」と、独り言のようにつぶやいた。 それを聞き逃すはずのないいるかは 「え?ほんと!?明日、勉強しない の?」と目を輝かせる。 「ああ。ここんとこ毎日課題ばっかりやってて疲れたろう?息抜きにどっか行かないか?」とさっきまでとはうって変わって、元気ない るかに苦笑まじりに答えた。 「どこか行きたいとこあるか?」 「え〜。うーんと、急に言われてもなぁ…どこがえかな。んー、あっ、そうだっ、海がいい!」 … この間、一子と桂が言っていた『冬の海ってなんか、ロマンチックよねぇ。』と。 いるかは、ロマンチックかどうかはよくわからなかったけど、なんとなく 「いってみたいな。」と思ったのを思い出した。 「うみぃー?この季節にか?」 半ば呆れたように春海は言った。 「何で海なんだよ?」と聞かれ、"一子と桂が はなしてたから"と言うのも変な気がして「う…な、なんかロマンチックでしょ!?」と言った。 「…ロマンチックって…。女の子みたいな事言うからびっくり した。」 「なにおーっ、あたしだって女の子なんだよー!」 こぶしを降り上げ怒鳴るいるかに(女の子が「なにおー」とか言うか?)と思いつつ、春海は「ごめんごめん、いいよ…『冬の海』行こう。」と言った。 次の日も空は薄暗く、天気予報は初雪の確率をしめしていた。 それでも海へと向かう電車の中に、いるかと春海はいた。 目的地の駅で降りたのは当然ふたりだ け で、夏には賑わったであろう場所も、駅員の姿すら見えなかった。 あまりの寂しげな光景に、言い出したいるかですら(やめときゃ良かった)と後悔する程だっ た。 それまで無言であたりを見ていた春海が「行ってみようぜ。」といるかの手をつないだ。手袋をしているので、直接触れているわけではないが、余りに自然な動 作にいるかの顔は熱くなる。(誰も見てないんだし、平気だよね…)心の中で何故か言い訳しつつ、つないだ手をそのままに、砂浜の方へと歩いてゆく。 冬の海 は波が高く、潮風も肌を刺すように冷たい。 思わず首をすくめたいるかに「大丈夫か?」と春海はのぞき込む。 「う、うん。平気!」 優しい眼差しの春海にドキ ドキしてしまう。 「…あそこに座ろう。」 春海が指さした場所には、海と道路を隔てる大きなブロックがあった。 風を少しでもよけられるように座ると、何故か二人とも言葉を出さずに海を見ていた。しばらくそうした後、沈黙を破ったのはいるかだった。 「あの…さー。春 海。」 「ん?」 「せっかくの休みに、毎日付き合わせちゃってごめんね。」 「…」 「それと…ありがと。」 春海は軽く笑うと「いいさ、あのときは勢いで『俺が みる』なんて言ったけど、考えてみたら…」 「何?」 「お前と毎日あえるしさ…」 つないだままの手に力が入る。じっとあたしを見る春海。 恥ずかしい…でも、目をそらせない…そらしたくない。 ゆっくりとお互いの顔が近づく。 いるかが目を閉じようとした、瞬間。 「あ!」 するりと手を離すと、彼女は立ち上がり、そのまま海の方へと走っていった。 春海がその方へ目をやると、 「見 てーっ、春海っ!雪だよっ、今年最初の雪!」と両手をいっぱいに広げ、ふわりと次々に降り落ちる、雪の花に歓声をあげている。 「まったく…」 (子供みたいな奴だ…)あきらめたように頬杖をつく春海。 (でも…)真っ白な汚れのない雪は、いるかを包み、それに戯れる彼女は、幼くもあり、反面綺麗でもある。映画のワンシーンのような光景に、しばし見入って いた。 「はるうみっ」 ようやく春海の元へ帰ってきた、彼女の頬は冷気に当てられ、少し色づいていた。 くしゅんっと、小さなくしゃみをする。 「寒いか?」 「んー、 少し。てゆーか、結構寒い。」 エヘヘ、と笑う彼女を、後ろから抱きしめた。 「はっ、はるうみっ?」 「いーから、じっとしてろ…」 背中から、肩から、春海の 体温が伝わってくる… (暖かい…) 「雪つもるかなぁ?」 「初雪だからな、積もらないんじゃないかな…」 「えーっ、雪だるま作りたかったのにー!」 「あのなぁ…」 「ねー、春海。」 「…」 「春海ってば、」 照れ隠しのためか早口でしゃべるいるかに、 「少し静かにしてろ」とキスをした…。 甘く長い口づけの後、春海の腕の中で、いるかは雪の降り続く冬の海を見ていた。 それはとても幻想的で、美しい光景だった。 友人たちの言っていた意味が、少しわかった気がした。 でもそれは、春海と一緒だから。 この瞬間にいるのが、一人でも、ほかの誰でもなく、春海だからそんな気持ちになれるのだ。 春海もまた、同じ気持ちだった。 わずかにきつく抱きしめる…。 「はるうみ…」 「…これからもずっと、二人で同じ景色を見てゆこうな。」 「…うん。」 「愛してる。」 「あたしも…愛…してる。」 永遠に続くかのような口づけを、今年最初の雪の花が包み隠していく。 誰もいない海辺の駅、雪はもうやんでいた。 「あーあ、明日からまた課題とにらめっこかぁ…」 「がんばろうぜ、クリスマスまでに終わるように。」 にやっとい るかを見る春海。 「う…うん…がんばり…ます。」 小さくなるいるかに「できたら、お前の好きなもの、プレゼントにやるよ。」といった。 「え?何っ?好きな物って!」 あいかわらず、浮き沈みの激しい奴だ。 いるかは、あーでもない、こうでもないと、プレゼントを想像している。 「あ"ーっ、わかんないっ。何?あたしの好きなプレゼントって。」 春海はいたずらっぽく少し笑い、いるかの耳元で囁いた 「…オレ。」 『ゴンッ』 鈍い音があたりに響いたのは言うまでもない。 かくして、春海の教えと、いるかの努力により、クリスマスまでにどうにか課題は終わった。 いるかは『クリスマスプレゼント』を受け取ったのだろうか? そしてそれは、『いるかへのプレゼント』というより『春海へのプレゼント』と言った方が正しいかもしれない。 真相は二人しか知らない。 おわり |