馨子さま作
【プロローグ】
「うわぁー、かわいい!! ありがと、春海!」
春の訪れを感じさせるペパーミントグリーンのカットソー。
スクエアカットのその胸元にシルバーの艶やかな光沢が彩を添えた。
「イルカだね。目のトコ、もしかしてダイアモンド?」
「ああ、お前に似合いそうだなって思って。」
1ヶ月前のバレンタインデー、いるかは何度も何度も練習を繰り返し、それなりの形に仕上げたチョコレートを春海にプレゼントしていた。
昨年は受験でそれどころではなかったし、今年は今年で、数週週間前に引き起こした家出騒動で散々春海を振り回した。
そのお詫びもあって、いるかは今回のチョコ作りには並々ならぬ熱の入れようだった。
『ホントにこいつには驚かされる・・・』
その出来栄えに春海も舌を巻いた。
そんないるかの気持ちがうれしくて、春海は、今日のホワイトデーに、今いるかの胸元を飾るイルカのネックレスを選んでいたのだった。
「これペアになってるんだ。」
「えっ? ペアって、春海、ネックレスなんてつけんの?」
「あ、いや、ネックレスにも出来るって言われたけど、さすがに俺はちょっと・・・
だからキーホルダーにしてもらったんだ。ほら、これ。」
「あはっ、かわいいね。確かに春海にネックレスは柄じゃないかも・・・」
いるかは思わず、自分と同じこのイルカのネックレスを首から下げた春海を想像してしまい、プププッと小さく笑った。
「お前、今思いっきり想像しただろ? ったく、それよりもさ、これ、こうすると・・・」
春海はそう言って、いるかのネックレスのイルカを手に取り、自分のキーホルダーのイルカのくちばしの部分と尾っぽの部分をそれぞれ繋げた。
「あっ、もしかしてハート?」
「そう。そっちのイルカとこっちのイルカは対になっててさ、同じデザインでも対同士じゃなきゃ、絶対くっつかないようになってるんだって。“貝合わせ”みたいで面白いよな。」
「“貝合わせ”って?」
「お前なー、古典で習っただろ?」
「へっ、そうだっけ?」
「そうだよ、ったく。“貝合わせ”てのは、平安時代の貴族の遊び。元々は二手に分かれて手元にある貝の美しさを競ったんだよ。それが、平安末期から鎌倉時代になると蛤(ハマグリ)の貝殻を両片に分けて、片方の甲を上にして伏せて、もう片方を一個ずつ出して対になる貝殻を探すってゲームになっていったんだ。まっ、一種の神経衰弱みたいなもんだな。ほんとはこれは“貝覆い”って言うんだけど、時代とともにごっちゃになって、どっちも“貝合わせ”って言うようになったんだ。」
「でも、対かどうかなんて、よくわかるね。貝殻なんてどれも一緒でしょ?」
「だから、蛤を使うんだよ。蛤って貝はさ、同じようにみえても絶対他の貝殻とは合わないんだよ。」
「へぇー、そうなんだ。」
「だから、貞節の象徴として公家風嫁入りには行列の先頭をきって婚家に入るのが家例とされたんだ。」
「ふ〜ん、ホントに春海って色んなコトよく知っ・・・・」
春海の顔が目の前に迫っているのに気づいて、言いよどむ。
「俺たちもそうありたいよな。」
春海は、チョコより甘い口付けをいるかにおとした。